白い川と黒い川~岐阜県白川町・東白川村へ(後編)

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 ▲白川茶発祥の地、岐阜県加茂郡東白川村で。南向きの急な斜面に茶畑が広がるダイナミックな光景が続いている。

(前編からの続き)
うししが丘ルネッサンスのみるくさんとともにやって来た美濃白川・東白川の旅。
白川町の中心部・河岐(かわまた)地区を出発し、河岐トンネルを抜けて狭い県道70号をくねくねと走り、次は黒川と呼ばれる地区にやって来た。白川町なのに黒川とは不思議なものだ。町内にはさらに赤河(なぜか赤川ではない)というところもあり、いずれも同名の川沿いに開けた集落である。
さて、この黒川地区。白川の中心部からは15kmほど離れているのだが、白川とは別に独立した市街地がある。県道70号の北側に並行する旧道沿いが、どうやらそのメインストリートのようだ。
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 ▲そんなわけでやって来た、黒川地区のメインストリート
市街地というには本当にささやかな規模なのだが、雑貨店や酒屋だけでなく、喫茶店や寿司屋などもあり、それなりに人通りもある。こんな辺鄙な山奥なのだが、地域の中心集落として成り立っていることがわかる。
賑やかな商店街もいいが、こんなプチ市街地もまたいいものである。

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 ▲1本脇道に入ると、のどかな里山の風景が広がっている。意外にも平地が広く、比較的開けている印象だ。

写真を撮りながら歩いていると、畑で農作業をしていた夫婦が「あの人たち、さっき白川で云々」と話している声が聞こえてきた。観光地でもない普通の田舎町で写真を撮りまくっていると、それだけで目立つのだろう。私たち、怪しい者じゃありませんよ!

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 ▲集落の中ほどには、こんな可愛らしい書道・そろばん教室がぽつんと建っていた。板張りの味わい深い建物だ。いつごろ建てられたものだろうか。

2階の窓の外には白い壁があるのだが、よく見てみると…
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 ▲この有様。これはまた別の意味でレトロかもしれない。

この黒川地区の奥の方には「東座」という歌舞伎小屋もあるようだが、今回は時間の都合でパス。散策を終えてクルマに戻り、メインストリート沿いのガソリンスタンドで給油してから出発することに。すると、ここの店員のお兄さんにもまた「さっき写真撮りながら歩いて行かれましたよね」と言われた。もう、あっという間に有名人だ。
ともあれ、この店員さんは親切にも道案内までしてくださり、無事出発することができた。

黒川地区から北西に県道72号を進み、大多尾峠という狭い山道を越え、本日の最終目的地である東白川村に向かった。

 ▲白川町黒川から東白川村に抜ける大多尾峠で。離合ができるよう、各所に待避所が設けられている。

東白川村はその名の通り、白川町の東隣に位置する村である。岐阜県では、平成の大合併で次々と新しい市が誕生し、代わりに町や村が消滅していったため、現在県内に残っている村はこの東白川村と白川村だけである(と言っても、白川村というのは飛騨白川の方なので、隣り合っているわけではない)。
この東白川村、私は8年前の秋に一度だけ訪れたことがあるのだが、みるくさんは今回が初訪問だそうで、これにて岐阜県全市町村訪問を達成されたようだ。どうも、おめでとうございます。

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 ▲東白川村の中心街、神土(かんど)地区。一応、商店街風の街路灯も設置されている。

ところで、この「神土」という地名にはちゃんとした意味がある。神様の土地であり、仏様の土地ではない、という意味だ。実はこの東白川村、日本で唯一お寺がない村なのである。

明治初期、この地を治めていた苗木(なえぎ)藩は激しい廃仏毀釈(仏教に対する弾圧)を行い、それまで村内にあった2つのお寺はいずれも潰されてしまったのだ。現在村役場がある場所にも、昔は常楽寺という大きなお寺があったようで、山門には「南無阿弥陀佛」と彫られた立派な碑が建てられていたのだが、
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 ▲この通り、藩の命令で四つ割りにされてしまったらしい。なんと罰当たりな…。

ちなみにこの碑は村の史跡第1号にも指定されている。村役場の脇にひっそりと建てられているので、知らなければ見過ごしてしまいそうだが、東白川村ならではの歴史が実感できる貴重な史跡である。

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 ▲最後に、村の東部にある道の駅「茶の里東白川」でお土産を物色。

そろそろ夕暮れも近づいてきたが、よく考えたら昼食がまだだったので、道の駅の中にオープンしたという「早飯処 又一村」へ。木の香りが漂う、温かい雰囲気の店内だ。そこでいただいたのがこちら。

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 ▲天かすをトッピングした茶そばに、東白川産自然米・地味噌100%使用の五平餅、名物おからコロッケのセット。東白川の素朴な味わいがたっぷりと詰まっていてとても美味しく、あっという間に完食してしまった。

そしてデザートに、これまた白川茶で作ったという期間限定の紅茶ソフトを食べながら、道の駅を出発。さようなら、東白川村。また来る日まで。

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 ▲東白川村の東端、北谷で。ここを過ぎるともう中津川市(旧加子母村)だ。

東白川から国道256号・257号を経て、中津川市の中心部に向かった。交通量は多いが、走りやすい道だ。
途中の付知・福岡界隈は、なだらかな丘が広がる山間の田園地帯なのだが、国道沿いには大型のホームセンターやスーパーが目立ち、今までとは一転して人口の多そうな景色が続いた。このあたり、1978年までは北恵那鉄道という鉄道も通っていたらしく、今でも人々の往来は多いようで、国道沿いのバス停は停車帯に屋根まで設置された立派なものばかり。名古屋市内でさえ屋根のないバス停は多いのに…。

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 ▲途中のドライブイン福岡城で。徐々に日が暮れて、心寂しいひとときだ。
駐車場の片隅にはなぜかトトロとねこバスがいる。8年前に来たときは、このあたりにDD135形機関車が放置静態保存されていたのだが、いつの間にかなくなっていた。

さて、東白川から1時間半ほどでようやく中津川市街に到着。ここまで来ればもう名古屋の通勤圏。まだまだ遠いのだが、もうほとんど帰ってきたような気分だ。
最後に立ち寄ったアピタ中津川店の屋上駐車場から、中津川の夜景をいくつか紹介しよう。

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 ▲北西、駅前通り・新町交差点方面。クルマの軌跡がステキでしょ?(←みるくさんのマネをしてみた)

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 ▲駅周辺をアップ。奥に見える白い建物がJR中津川駅だ。中津川の街もまたじっくりと歩いてみたい。

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 ▲西、新町商店街と駒場の大平・山手町方面。丘の上に見える大きな建物は中津川市民病院かな?

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 ▲南、駅前通り・東宮町交差点方面。

そんなわけで、美濃白川・東白川の旅はこれでおしまい。この後は中津川ICから中央道・東海環状道を経て富加関ICへ、そこから一般道で関市街を通り抜け、岐阜市のみるくさん邸に帰ってきた。

最後に、一日中付き合ってくれて宿所まで提供してくださったみるくさんには、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

●当日のみるくさんの記事 うしルネブログ:白川口、黒川、神土(10.10.16)

(完)
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