犬山市・明治村へ(本編その2)

(前回からの続き)
明治村シリーズもいよいよ最終章。「名古屋」駅から蒸気機関車に乗り、「東京」駅にやって来た。ということで今回は、「東京」駅を中心とした5丁目エリアから見て回ろう。

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▲東京駅を出るとまず帝国ホテル中央玄関(5丁目67番地)が迎えてくれる。明治村の中でも代表的な建物で、明治村といえばこの建物を思い浮かべる人も多いが、実は明治期ではなく大正期の建物だ。
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▲柱一本とってみても、細部の装飾には半端じゃないほどのこだわりが見られる。
設計者のフランク・ロイド・ライトは、この徹底したこだわりのために予算を大幅にオーバーしてしまい、建設途中にもかかわらずクビになってしまったのだそうだ。そしてようやく竣工した1923年9月1日、奇しくも関東大震災が東京を襲った。しかし、街中が瓦礫の山となった関東大震災でもこの帝国ホテルはびくともせず、人々を驚かせたという。さらに22年後の東京大空襲では、焼夷弾を浴びても倒壊することはなかったという。まさに奇跡というしかない。

さて、「東京」駅のある5丁目エリアには、帝国ホテルのほかに東京駅警備巡査派出所、内閣文庫、隅田川新大橋などが建っていて、本当に東京に来た気分にさせてくれる。そういえば「名古屋」駅の周辺には、名古屋衛戍病院や歩兵第六聯隊兵舎、半田東湯、そして宇治山田郵便局などが建っていた。実際の地理とある程度リンクさせてあるのだろう。

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▲そうかと思えば、帝国ホテルの隣に名鉄岩倉変電所(5丁目66番地)があったりする。
この変電所は、この日の朝にも通った名鉄犬山線の岩倉駅の前に、1974年まで建っていたようだ。その岩倉駅は東口周辺の再開発が完了したらしく、駅前の風景ががらりと変わっていたのが印象的だった。(ちなみに岩倉はこんなところ。


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▲さらに、その向かい側には宮津裁判所法廷(5丁目63番地)。当時の日本人は裁判所がどういうものなのかよく分かっていなかったらしく、どんな形の建物を建てればいいか分からなかったので、こんな大名屋敷のような建物になったのだという。
法廷の様子が人形を使って再現されていたが、どこかで見たことがあるな・・・と思ったら、今年1月に見学した名古屋市市政資料館に同様の展示があったのだ。



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高田小熊写真館(5丁目65番地)のスタジオ。越後高田(現:新潟県上越市)の目抜き通りに建っていた写真館だ。当時は写真館が街の文化センターのような役割をしていたのだそうだ。
当時は照明器具が発達していなかったので、なんと屋根の一部をガラス張りにして豊富な光を取り入れていたのだ。そして背後にはリアルな背景が描かれている。現代人もビックリの手の込んだ技術だ。
そういえば先日、母の実家でご先祖さまの写真を見た。1910年ごろに撮られたものと言っていたが、まさにこんな場所で撮影されたのだろう。

この後、帝国ホテル前の売店で「食道楽のコロツケー」を買った。食道楽のカレーぱんと同じく、明治時代のベストセラー小説「食道楽」に書かれた調理法をもとに作られたコロッケだ。
ただ、雨が降っていたので、食べる場所を探すのに一苦労。仕方なく、聖ザビエル天主堂の近くにある喫煙所の屋根の下で食べた。


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聖ザビエル天主堂(5丁目51番地)。教科書でおなじみのつるつる頭の宣教師、フランシスコ・ザビエルを記念して建てられた教会堂だ。まさに荘厳の一言に尽きる。この雰囲気はなかなか写真では伝えられない。
直径3.6mの巨大な薔薇窓と十字架も展示されていた。


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本郷喜之床(左、4丁目47番地)と小泉八雲避暑の家(右、4丁目48番地)。
こちらは打って変わって純和風の庶民的な佇まいだが、こういうのもまた良い。小泉八雲避暑の家は駄菓子屋として営業しているようだ。

そろそろ閉村時間が迫ってきた。再び東京駅に戻り、蒸気機関車に乗って名古屋駅に戻ろう。・・・と思ったのだが、ふと見ると、目の前にはあの宇治山田郵便局が。ということは、もう名古屋駅まで歩いた方が近そうだ。

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▲宇治山田郵便局の向かい側に建つ工部省品川硝子製造所(4丁目45番地)へ。館内は「品川硝子ショップ」や「デンキブラン汐留バー」になっていて、お土産を買ったり、軽食・お酒を楽しむことができる。
「デンキブラン」というのは、三河(現在の愛知県東部)出身の神谷傳兵衛氏が明治時代に販売を始めた、日本で最初のカクテル。当時、最もハイカラな飲み物だったようで、小説「夜は短し歩けよ乙女」にも「偽デンキブラン」なるものが登場する。それがなんと、この店で味わうことができるのだ。しかし、京都市電の最終電車まであと20分を切ったので、ゆっくりしている余裕もなく、デンキブランを練りこんで作ったという「汐留ショコラ」をいただくことにした。

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汐留ショコララフカディオ珈琲のセット。ああ、これぞまさに明治の味わい。

さて、時間がないので「名古屋」駅まで走り、京都市電の「品川燈台」行き最終電車に乗車。「京都七條」駅を通り過ぎ、終点の「品川燈台」駅まで乗った。


▲終点の品川燈台駅に到着後、トロリーポール(集電装置)の向きを変える。これもなかなか大変な作業だ。
この後、電車は折り返して京都七條止まりの最終電車となる。


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▲そして品川燈台(3丁目29番地、重要文化財)へ。その名の通り、もともとは品川の東京湾にあったのだが、現在は入鹿池の畔に建っている。
写真ではわかりにくいが、頂点の風向計に書かれた四方位は、E・W・S・NではなくE・O・S・Nとなっている。これはフランス人技術者によって作られたため、フランス語表記(東:est、西:ouest、南:sud、北:nord)になっているのだ。
この隣には菅島燈台附属官舎(3丁目30番地、重要文化財)があり、灯台に関する資料が展示されていた。その中に、実際に使われていた避雷針があったのだが、先端がひどく曲がっていたのが印象的だった。


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▲品川燈台の近くにあった汐留レンガ迷路
日本最初の鉄道駅として開業した新橋駅の跡から掘り出された、100年前のレンガを利用して作られた迷路。迷路とは名乗っているが、単純すぎて全然迷わなかった。貴重な文化財だから、迷って出られなくなった子どもが力ずくで乗り越えたりしないように配慮してあるのだろう。

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▲そして最後に、芝川又右衛門邸(3丁目68番地)へ。この建物は阪神・淡路大震災に被災したのがきっかけで移築された、比較的新しいもの。移築された時点ですでに1番地から67番地までの番地が振られていたので、ここだけは連番でない68番地になっている。
時間がないので内部は見学しなかったが、外観は今年1月に行った文化のみち二葉館近江八幡のヴォーリズ建築によく似た印象だ。

正門に戻り、帰りはまっすぐバスで犬山駅に戻り、名鉄電車を乗り継いで帰宅した。
午前中の郵便局巡りにかなり時間を費やしたものの、けっこう回ることができた。あいにくの雨だったが、それもまたしっとりとした風情があり、なかなか良いものだった。一日付き合ってくださったみるくさん、ありがとうございました。

2010年3月23日の犬山・明治村シリーズはこれで終わりです。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

(完)

【目次】
犬山市・明治村へ(序章)
犬山市・明治村へ(本編その1)
犬山市・明治村へ(本編その2)(このページ)
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