北陸本線 街歩き&各駅停車の旅

北陸本線今庄駅付近
▲雪国を縦断する北陸本線、特急しらさぎ12号名古屋行きが通過。今庄駅付近で。

三国湊と芦原温泉を訪れて友人の家に泊まった翌日、2月1日。この日は福井近郊のいろんな街に立ち寄りながら名古屋に帰ってきた。

まずは友人の家からほど近い春江(はるえ)という街にやって来た。2006年までは坂井郡春江町という町だったが、隣接する三国町・丸岡町・坂井町と合併し、現在は坂井市となっている。
現在の坂井市域の中では、城下町の丸岡と港町の三国が昔から栄えていた二大拠点で、春江と坂井はどちらかというと農村的傾向が強い地域である。なので、春江は“街歩き”的にはあまり面白いところではないだろうと思っていたのだが、実際に訪れてみると、小規模ながらもちょっとした商店街があった。
春江_南大通り商店街
▲春江地区のメインストリート、南大通り商店街。JR春江駅前から南へ約700mにわたって伸びている。

春江駅の周辺は、決して“都会”ではないが、しかし田畑もほとんど見られず、単調な住宅街が続いている。まさに、戦後になって発展したベッドタウンという雰囲気だ。郊外の県道29号沿いには大型店が建ち並び、商業面においても福井市内と遜色のない充実ぶりである。
よくよく考えれば、丸岡には鉄道がなくバスだけ(JR丸岡駅は旧丸岡町ではなく旧坂井町にあり、旧丸岡町の中心は本丸岡バスターミナルの周辺になる)だし、三国は鉄道があるものの福井市内から40分以上もかかり不便である。一方、春江は福井駅からたったの2駅で、10分ほどで着いてしまう。これだけの地の利があれば発展しないはずがなかろう。
結局のところ、現在の坂井市内で一番“熱い”のが春江なのかもしれない。

春江_アーチ
▲南春江郵便局の近くで。商店街でも何でもないところにこんなアーチが。何だろう?

春江駅周辺をしばらく散策し、ついでに春江郵便局と南春江郵便局に立ち寄って旅行貯金。狭い範囲内に郵便局が2局もあるというのも、この地域の人口密度の高さを物語っている。
南春江局では、「現在郵便局では通帳に電話番号を登録している」という旨のことを言われたので、自宅の電話番号を申告しておいた。また、この南春江局では懐かしのサクマドロップスをくださった。

JR春江駅に戻り、普通列車で2つ目の芦原温泉駅に向かった。

芦原温泉駅前風景
JR芦原温泉駅前風景。特急停車駅なので比較的賑やかだ。

JR芦原温泉駅はその名の通り、この前日に訪れた芦原温泉への玄関口なのだが、この駅の周辺はもともと金津(かなづ)という名前の街で、温泉のある芦原(あわら)(えちぜん鉄道あわら湯のまち駅周辺)とは4kmほども離れた別の街である。元々は金津駅と名乗っていたのだが、遠方からの観光客に配慮し、1972年に金津町にありながら芦原温泉駅と改称されたのだ。実際、この駅には大阪・名古屋・金沢方面からの特急も停まり、温泉街へはバスも出ているので、遠方から来る場合はえちぜん鉄道を利用するよりも便利である。
さらに、2004年に金津町と芦原町が合併した際にも、やはり知名度のある「芦原」の名を取って「あわら市」となり、金津という地名は消滅してしまったのだ。

金津には温泉のような目玉こそないものの、北国街道の要所として栄えた由緒ある宿場町であり、都市規模も芦原に匹敵するほどの大きさである。それなのに「芦原温泉駅」やら「あわら市」やらと名乗らされているのは、金津の人からすればちょっと面白くないだろう。しかし、金津の街が寂れずに済んでいるのは、隣の芦原を目指してやって来る観光客のおかげという面もあるかもしれない。ある意味、持ちつ持たれつの関係とも言えよう。

ということで、これから歩くのは芦原ではなく金津の街である。

芦原温泉駅前通り
▲JR芦原温泉駅の駅前通り。十日交差点(市姫橋北詰)以西は旧北国街道のルートにあたる。

金津地区の商店街は、芦原温泉駅からまっすぐ西に伸びる駅前通り(新富町-水口町-十日町-八日町-坂ノ下)がメインストリートのようで、1kmほどの長い区間にわたって断続的に商店が続いている。さらに、この通りと直交し、市姫橋から南に伸びる六日町通りや、上新橋から南に伸びる東町通りなどが商店街となっている。
このほか、あわら市役所(旧金津町役場)の東側を南北に通る新町通りも旧北国街道にあたり、かつては商店街として栄えていたようだが、現在は概ね住宅街となっている。

六日町通り
▲市姫橋から南に伸びる六日町通り。ここも旧北国街道にあたり、歴史的建造物も多い。

金津の中心部を地図で見ると、「花乃杜」「市姫」「春宮」「自由ヶ丘」と何となく洒落た地名が多いが、これらは平成になってから新しく付けられた地名である。もともとは六日町、八日町、十日町、坂ノ下、新富町、天王町、水口町、新町、東町といった、地方の小都市にありそうな地名が並んでいたようで、現在もこれらが通称として用いられている。ちなみに旧北国街道のルートは、新町-六日町-十日町-八日町-坂ノ下と続いていたようだ。

上新橋の通り
▲六日町通りの1本東側、上新橋から南に伸びる東(あずま)町通り

金津の街を一通り歩き、ついでに金津郵便局に寄ってから、再びJR芦原温泉駅に戻って来た。ここで名古屋までの切符を購入。100kmを超えるので、ここから名古屋までの駅は何度でも途中下車し放題だ。
ホームで列車を待っていると、11時52分ごろ、「試運転」と表示された521系(2両)が福井方面からやって来て、1番線に入線。約10分遅れでやって来た特急サンダーバード富山行きを待避してから発車して行った。来月のダイヤ改正から521系が金沢まで行くようになるようなので、その準備なのだろうか。そして、そのサンダーバードは681系ではなく683系。いつの間にか北陸の鉄道事情も少しずつ変わりつつあるようだ。
さらに、11時58分ごろには3番線に「試運転」表示の521系(2+2両)が加賀温泉方面から来て停車し、すぐに発車して行った。ボロ電車だらけの北陸本線も、数年後には様変わりしていることだろう。

芦原温泉駅の521系
▲芦原温泉駅から福井方面に向かって発車する521系の試運転列車。ホームから去り際を慌てて撮影。

この芦原温泉駅から福井行きの普通列車に乗り、次にやって来たのは森田(もりた)という駅だ。今朝訪れた春江の次にあり、福井駅の1つ手前だ。
森田は行政上は福井市内になるが、九頭竜川の北側に位置し、1967年までは吉田郡森田町という独立した町だったことから、現在も地理的・文化的に独立した地域である。とはいえ、福井駅から1駅という便利さから、春江と同様にベッドタウンとしての傾向が強い。
森田駅前から東に伸びる駅前大通りという道をしばらく歩くと、フェニックス通りにぶつかった。ここが森田地区のメインストリートのようだ。

森田のフェニックス通り
▲森田地区のフェニックス通り

フェニックス通りといえば福井の中心部を南北に貫くメインストリートで、路面電車が走っている光景が思い浮かぶが、実はこんなところまで伸びているのだ。どちらかと言うと郊外の雰囲気が強いが、個人商店も多く、そこそこ賑わっている。
この通り沿いにある森田郵便局に立ち寄り、九頭竜川のほとりまで歩いてから、今度はフェニックス通りの東側を並行する旧道(旧北国街道)を歩いて駅まで戻って来た。このあたりの北国街道沿いは稲多という宿場町だったようだが、往時の面影はあまり残っておらず、ごく普通の住宅街になっていた。

森田駅から今度は敦賀行きの普通列車に乗り、福井駅を通り越してその次の越前花堂(えちぜんはなんどう)駅で降りた。
越前花堂も森田と同じく福井駅の隣にあるが、こちらはさらに福鉄(福井鉄道)という私鉄も通っているので、より利便性が高い。しかし、駅の周辺は町工場が多く、何となく寂しい雰囲気だ。福鉄の花堂駅も公衆トイレみたいなみすぼらしい駅舎で、閑散としていた。

花堂のフェニックス通り
▲花堂地区のフェニックス通り。いかにも郊外らしい風景だ。背後には八幡山がそびえている。

またまたこの通り沿いにある福井花堂郵便局に立ち寄り、そしてフェニックス通りの西側を並行する旧道(旧北国街道)を歩いて戻った。福井の北か南かという違いだけで、森田と街の構造が非常によく似ている。
旧道沿いには「玉江の橋」という橋があり、豊小学校による解説板には「花堂のこの辺りは、昔は低い土地でした。よく川が氾濫するし、排水も不充分だったため、いつも沼のようになっていました。そして一面に芦が茂っていました。今から300年程前、江戸時代の有名な俳人松尾芭蕉が、『奥の細道』の旅でこの地を訪れたとき、『月見せよ 玉江の芦を刈らぬ先』の句をよんで以来、その名が知られるようになりました。今もこの橋を玉江の橋と呼んで、昔の名残りをとどめています。」と書かれていた。旧街道らしさが唯一残る一角だが、橋自体はごくありきたりの風景で、石碑などが無ければそうとは気付かないだろう。

越前花堂駅に戻り、次は武生行きの普通列車で1つ目の大土呂(おおどろ)駅で降りた。ここは北陸本線の中でもかなりマイナー級の駅で、駅前もかなり寂しいところだ。1kmほど離れたところを福鉄が並行しているが、このあたりは福鉄沿線の方が宅地化が進んでいるようで、こちらは非常にのどかだ。

大土呂駅前
大土呂駅前の通り。通り沿いには民家が並んでいるが、その裏手は広大な田園風景だ。

駅から400mほど歩いたところにある大土呂郵便局に立ち寄り、のんびりと歩いてまた駅に戻った。本当にのどかなところだった。

大土呂駅から敦賀行きの普通列車(521系)に乗り、今度は2つ目の鯖江(さばえ)駅で下車。521系に乗るのはこのときが初めてだったが、運転席に乗務員がなぜか7人も乗っていて、満員電車のような異様な光景だった。研修でもしていたのだろうか。

鯖江駅
鯖江駅で。右側が大土呂から乗ってきた敦賀行き(521系)。左側は待避のため運転停車中のトワイライトエクスプレス。この日の朝にも芦原温泉駅で運転停車のトワイライトエクスプレスを見かけた。

鯖江市は人口約6万8千人の都市で、眼鏡の街として知られている。市内の第二の拠点である神明地区は以前に訪れたことがあるが、中心部にある鯖江駅で降りたのは初めてだ。
まずは鯖江駅の東の方に位置する新横江簡易郵便局へ。駅からやや離れているが、希少価値のある簡易局なので、あえて訪れることにした。そして再び駅前に戻り、市街地の中にある鯖江旭町郵便局へ。両局の間は予想以上に遠く、かなり時間が経ってしまった。いつの間にか雨も降り出したので、急いで鯖江駅に戻って来た。
鯖江駅で配布していた「JR鯖江駅前おさんぽマップ」によると、鯖江駅前から西に伸びる駅前商店街、旭町郵便局の前を通る中央商店街、その西に伸びる御殿通り商店街、そして本町地区を南北に貫く本町商店街・古町商店街・寺町商店街・公園口商店街、さらに福鉄西鯖江駅前の桜町商店街と、いろいろな名前の付いた商店街がたくさんあるようだ。これらの商店街もゆっくりと歩いてみたかったのだが、今回はちょっと時間が足りなかった。ぜひまた訪れてみたい。

ちなみに鯖江は眼鏡とともにマリンバの産地としても有名で、鯖江駅のホームでは列車が接近するときにマリンバのメロディが流れる。上りホームは「となりのトトロ」、下りホームは「ミッキーマウスマーチ」となかなかメルヘンチックで可愛らしい。その「となりのトトロ」を聴きながら敦賀行きの普通列車に乗り、5つ目の今庄(いまじょう)駅で降りた。

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今庄駅駅舎

今庄は深い山あいのこぢんまりとした街で、何となく岐阜県の関ヶ原に景色が似ているような気がした。雪の積もり方が平野部とはまるで違い、あたり一面が真っ白だったが、このときは雪ではなく雨が降っていた。
今庄駅の委託駅員のおばさんは利用者の皆と顔見知りのようで、改札では何気ない会話が交わされていた。傘を忘れた女子高生に駅の傘を貸してあげたりと、寒い中でも温かい光景が見られた。

駅前の陸橋を渡って今庄郵便局に行ってから、再び駅前に戻ってきて、旧北国街道を歩いてみた。

北国街道今庄宿
北国街道今庄宿。北陸ならではの袖壁の立派な町家が連なり、本陣跡や問屋跡が残っている。

今庄は南条山地の峠を越えて最初の宿場町で、古くから越前では最も繁栄した宿場だったそうだ。しかし、なにせ雪国の山あいの谷底、冬の夕方、そして雨と、物悲しい条件が揃いすぎている。歩いているうちに何だか切ない気分になってきた。雨はとうとう雪に変わり、それもかなり大粒で、日没が迫っていたこともあり、もはや散策どころではなくなってきた。北国街道の西側には寺町通りという道もあるようだが、そこまでは行けなかったので、天気の良いときにまた来たいと思った。

今庄駅前風景
▲雪の今庄駅前風景

駅の待合室には大きなストーブが置いてあり、列車を待つ人々はめいめいに手袋を乗せたり鞄を置いたりして乾かしていた。私もストーブの前に座り、温かいコーヒーを買ってほっとひと息つきながら列車を待った。


今庄駅475系リバイバル国鉄色の敦賀行き列車が到着。

というわけで、今庄から敦賀へ、敦賀から米原へ、さらに米原から名古屋へと乗り継ぎ、21時ごろにようやく自宅に帰ってきた。ちなみに敦賀から米原まで乗った列車は「新快速播州赤穂行き」。なんとえげつない長距離列車。寝過ごしたら大変だ。

きっぷ
▲今回の旅行で使用した切符。


2010年1月31日~2月1日の福井シリーズはこれで終わりです。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

(完)

【目次】
冬の日本海 越前・三国湊
北陸本線 街歩き&各駅停車の旅(このページ)
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