屋根のない博物館・慶州(キョンジュ)

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▲朝鮮時代の古民家が残る校洞(キョドン)の街並み。

(前回からの続き)

釜山から東海南部線の列車に乗り、慶州(キョンジュ)にやって来た。
ここ慶州は、古代に新羅の都として発展したところ。街全体が世界遺産になっていて、「屋根のない博物館」とも呼ばれている。古都という点では日本の奈良によく似ていて、奈良市とは姉妹都市にもなっている。
街中のあちこちに史跡が点在しているので、徒歩で巡るのはあまりに大変だし、バスやタクシーで巡るのもちょっと非効率だ。そこで、駅前の自転車屋でレンタサイクルを借りることにした。1日7,000ウォンと、韓国の物価からするとちょっと高めではあるが、観光地なのでこれくらいの値段が妥当なのかもしれない。ちなみに借りる際には、外国人は旅券番号、韓国人は住民登録番号を申告する必要がある。
まずはさっそく、慶州駅前に広がる市街地を散策してみることにした。

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▲慶州駅前から正面(西)に伸びる花郎路(ファランノ)

慶州市は人口約28万人で、駅前の風景は比較的こぢんまりとしている。都市規模としては、以前に訪れた牙山市の温陽温泉と同じくらいに見える。駅を中心に広い道路がT字に交わっている構造も、温陽温泉と共通している。ちなみにこの通り沿いには慶州郵便局があるのだが、土曜日なので郵便窓口しか開いていなかった。

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花郎路の歩道側の風景。庶民的な露店がずらりと並んでいる。

花郎路の北側には城東市場(ソンドンシジャン)という全蓋式アーケードの市場が広がっている。アーケードの入口には「어서오십시오(オソオシプシオ:いらっしゃいませ)」とか「불불불조심(プルブルブルジョシム:火火火の用心)」などと書いてあるのだが、その下に「Welcome to Seongdong-Market」、「いらっしゃいませ。ここは城東市場です。」と、英語・日本語でも書かれている。しかし、中に入ってみるといかにも地元の人向けの雰囲気で、ソウルや釜山のように露骨に外国人を意識したような店は少ない。

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▲花郎路の北側に広がる城東市場。アーケード街が網の目のように伸びていて、意外と規模が大きい。
慶州は内陸の街だと思っていたが、意外と海産物のお店が多い。どうでもいいが、韓国の市場で見かけるおばさんはどうしてみんな臙脂色の服を着ているのだろう。

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▲花郎路の1本南を並行する東城路(トンソンノ)
カラフルな柱が並び、路駐ができないように工夫されている。入口には「駐車のない通り」「慶州中心商街」と書かれたアーチも架かっていた。古都といえども、ここら辺の景色は普通の街とさほど変わらない。京都や奈良と同じだ。

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▲慶州市街の中央を南北に貫く中央路(チュンアンノ)
名前からしてここが慶州の中心街だろうか。横断幕には「慶州市は2008年の約束(高度制限緩和)を履行せよ」と書いてある。こんなところまで日本の古都とそっくりだ。

中央路沿いはごく普通の繁華街の景色がしばらく続いたが、しばらく南へ進むと突然古墳だらけの一帯に出た。「路東・路西古墳群」というそうだ。そして、さらに南へ進むと大陵苑(テヌンウォン)に突き当たった。
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▲古墳の密集地帯を公園として整備した大陵苑(テヌンウォン)。延々と古墳が連なっている景色は独特で面白い。

入場料は1,500ウォン。説明書きが少なく、どれが誰の古墳なのかよく分からないのだが、実際のところほとんどが明らかになっていないようだ。それがかえって神秘的な印象を抱かせてくれた。

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▲二子型の珍しい古墳、皇南大塚(ファンナムデチョン)
これは夫婦が一緒に埋葬されているもので、向かって右手が男性、左手が女性のお墓なのだそうだ。

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▲そして、大陵苑のなかでも特に見どころなのがこの天馬塚(チョンマチョン)だ。
ここは陵墓の中がくり抜いてあり、左下の入口から入ることができる。日本語のガイドさんがわかりやすく説明してくださった。
内部には出土した副葬品などが展示してあり、中でも代表的なのが、天に登る馬の図が描かれた泥よけ、「天馬図」。白樺の皮で出来ているので、1500年以上経っても腐っていないのだそうだ。この他、古代では非常に珍しいという純度の高い金の冠や腰帯もあった。しかし、純金ということでむちゃくちゃ重く、日常的に使われていたかどうかは疑問らしい。それとは別に小型の冠も発掘されていて、普段はそちらを使っていたのではないか、とのこと。
この陵墓は5-6世紀ごろに作られたと推定されており、中に入ると、川の丸石を積んで粘土で固めて作ってあることがわかる。おそらく他の陵墓も同じような構造をしているだろう、とのこと。ただ、誰の陵墓なのかはっきりと分かっていないので、「○○陵」という名前ではなく、代表的な副葬品である天馬図にちなんで「天馬塚」と呼ばれているのだ。

大陵苑から外に出たところには小さな屋台があったので、500ウォンのおでんを1本買って食べた。
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屋台のおでん。韓国で「おでん」といえば、このように天ぷらを割り箸に刺したものが一般的だ。
出汁は日本のよりも薄味で、スープとして飲む人が多い。かすかにピリ辛風味がして、胡椒っぽい味も感じられる。どちらかと言うと私は日本のおでんよりもこちらの方が好みの味だ。
ちなみにこの日、釜山は最高気温4度、最低気温-4度だったらしく、おそらく慶州も同じくらいだったと思われる。寒いところを歩き続けて体が冷えきっていたので、温かいおでんは本当に美味しかった。

続いて瞻星台(チョムソンデ)に向かった。7世紀に作られた、東洋最古といわれる天文観測台だ。
慶州市内の主要観光地には、大抵立派な駐輪場が設けられている。慶州市では環境保護と健康増進を目的として、自転車生活を推進する条例が制定されているのだそうだ。韓国は日本と違って自転車があまり普及していないようだが、この慶州ではそこそこ自転車を見かけた。
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瞻星台。入場料は500ウォンととても安いが、中に入ると建物がポンと1つ建っているだけで、なんだかあっけない。それでもさすがに貴重な建築物というだけあって、結構混み合っている。
わざわざ入場料を払わなくても外から十分見えてしまうし、敷地の外で記念撮影している人もたくさんいたが、たった500ウォンで間近で見られるのだから、そこまでケチケチする必要もなかろう。

次に、瞻星台の近くにある鶏林(ケリム)という林へ。
新羅の脱解王の時代(1世紀)、瓠公という人がこの林で鶏の鳴き声を聞き、不思議に思って近付いてみると、木の枝に光り輝く金の櫃が掛かっていた。瓠公はこのことを王に報告し、王が林に来て櫃の蓋を開けてみると、中には男の子が入っていた。王はこの男の子に「金」という姓、「閼智(アルチ)」という名を授け、この閼智が慶州金氏の始祖となった。それ以来、この林は鶏林と呼ばれるようになった。
…という伝説があるそうな。なんだかかぐや姫みたいだ。

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▲これがその鶏林。伝説はロマンチックで面白いのだが、何も知らなければごく普通の寂しい林だ。
林の中には鶏林碑閣という古い建物があったが、素朴な佇まいが良かった。

鶏林から半月城(パヌォルソン)に向かって自転車で走っていると、ウォーキングをしているらしい80歳くらいのおじいさんに「自転車はそこに置いて行きなさい」という旨のことを韓国語で言われた。おじいさんはこの半月城について何やら説明してくれているようだったが、日本人なので韓国語がよく分からない、と言うと、「新羅[シラギ]時代の城跡です」と日本語で教えてくれた。あまりに流暢な日本語だった。このおじいさんはどんな時代を生きてきたのだろう…。

その半月城は由緒ある場所なのだが、残念ながらほとんど何も残っていなくて、ただ広大な空地が広がっているだけだった。寒いので人影もまばらで、荒涼とした風景が広がっていた。

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▲その半月城の中で唯一残っている建物らしい建物が、この石氷庫(ソッピンゴ)
冬に氷を入れ、天然の冷蔵庫として使われていた建物だ。当初は新羅時代に建造されたようだが、現在の建物は朝鮮時代の1738年に再建されたものらしい。

半月城を後にし、次にやってきたのは校洞(キョドン)という地区。ここは朝鮮時代の古民家が建ち並ぶ昔ながらの集落だ。
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校洞の街並み。
いかにも観光地という雰囲気ではなく、さりげなく古い建物が残っているという感じで、本当に素朴な風情だ。地区内には慶州郷校(キョンジュヒャンギョ)という昔の学校が残っていたが、おそらくこれが「校洞」という地名の由来だろう。

そろそろお昼になったので、慶州の郷土料理であるサムパプとやらを食べに行くことにした。大陵苑の東側の通り沿いにはサムパプのお店がずらりと建ち並んでいるのだが、その中でも特に賑わっていた「シゴルサムパプ」というお店に入った。「シゴル」というのは田舎という意味だ。
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プルコギサムパプ(12,000ウォン)。
注文するやいなや、大量の食材が次から次へと運ばれてきてテーブルを埋め尽くした。サムパプというのは直訳すると「包みご飯」という意味で、これらの食材をご飯とともに、右端に写っている葉っぱで包んで食べるのだ。
食べたことのない食材ばかりで、はっきり言って何が何だかよく分からなかったのだが、美味しいのもあれば、あまり口に合わないのもあった。ただ、全体的にあまり辛くはないので、日本人でも食べやすい味だ。
あまりに量が多すぎてさすがに全部は食べられなかったが、それが普通か。ある意味、「見て楽しむ」料理なのかもしれない。

この後、皇南(ファンナム)パンという慶州名物のお菓子も購入した。パンと名前が付いているが、日本の薄皮饅頭のような感じで、中にあんこが入っている。有名な慶州土産らしく、本店の店内はたくさんの人でごった返していた。類似品(?)の「慶州パン」というのが、慶州市内各地はもちろん釜山や大邱でも売られていたので、慶尚地方ではかなりメジャーなお菓子なのだろう。日本でいうところの赤福みたいなものだろうか。

慶州駅に戻ってレンタサイクルを返却し、次は慶州で一番有名な史跡、仏国寺(プルグクサ)を目指すことにした。慶州市街から15kmほど離れているので、市内バスを利用するのが便利だ。

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市内バス(10番・11番)の路線図。
この系統は、市外バスターミナル、慶州駅、博物館、統一殿、仏国寺駅、仏国寺、普門団地、芬皇寺などといった主要スポットをぐるぐると循環する、いかにも観光客向けの路線だ。ちなみに10番は時計回り、11番は反時計回りに周回している。

慶州駅前のバス停から、仏国寺方面に向かう11番のバスに乗車。同じ系統でも一般バス(1,000ウォン)と座席バス(1,500ウォン)が混在しているようで、このとき乗ったのは座席バスの方だった。京都のバスのように観光客ばかりでえらく混雑していて、途中からは立ち客も出始めた。観光地らしく、日本人もちらほら見かけた。

仏国寺には30分ほどで到着。拝観料4,000ウォンを支払い、境内に入った。

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仏国寺境内の庭園。池は凍ってバリバリ。こんな光景は日本ではなかなか見られないが、前回韓国に来たときに訪れた昌徳宮の後苑(秘苑)もこんな感じだった。

ちょっと長くなってしまったので、今回の記事はここまで。次回はいよいよ仏国寺の境内を巡ります。

(続く)
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