被災地・三陸を訪れてⅢ-大船渡編~平穏な日常こそ最高の幸せ


 ▲岩手県大船渡市、南町一番丁商店街。この街も津波によって消し去られた。
※カーソルを重ねると、震災前の同じ場所の写真が見られます(画像提供:多摩地区そして日本各地の画像集)。また、クリックすると現在の写真が拡大されます。

被災地・三陸を訪れる旅、二日目の午後。前回の記事で紹介した陸前高田市を訪れた後は、15kmほど北東に位置する大船渡市(おおふなとし)を目指した。
陸前高田市の「奇跡の一本松」駅(バス停)から、JR大船渡線のBRT(代行バス)に乗車。津波の被害を受けなかった内陸部をしばらく走った後、途中の小友(おとも)駅から先は、線路跡に設けられたバス専用道を走るようになる。眼下に海が広がる風光明媚な車窓だったが、海が近いということは、それだけ津波のリスクも大きいということを意味する。
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 ▲そして13時20分ごろ、混雑のため定刻より少し遅れて下船渡(しもふなと)駅に到着。
線路の跡地に設けられただけあって、上下線の乗り場が対面する光景はまるで鉄道駅のホームのようだ。

さて、この下船渡駅は、大船渡市の街外れに位置する小さな駅。なぜこんなところで途中下車したのかというと、大船渡市のご当地グルメ「大船渡さんまらーめん」を食べるためだ。テレビ番組「秘密のケンミンSHOW」でも紹介されたこのラーメン、震災前からずっと気になっていただけに、今回の訪問は念願叶ったりといったところ。

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 ▲下船渡駅前の萬来食堂さんで、オリジナルの「さんまうめ~めん」をいただく。
何ともユニークな、さんまの甘露煮が入ったラーメンだ。本当に美味しいのかと少し疑問に感じたが、甘露煮は骨ごと食べられて、生臭さも全く気にならない。あっさり透き通ったスープは、梅干しとレモンの酸味が良いアクセントになっていて、甘露煮ともよく合う。これは想像以上に美味しかった。ごちそうさまでした。

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 ▲下船渡駅に戻り、ほどなく到着した後続の盛(さかり)行きに乗車。
ゆるくカーブを描くバス専用道は、まさに線路そのものだ。

下船渡駅からは約5分で、次の大船渡駅に到着した。
ここで少し説明すると、この大船渡市は3kmほど離れた大船渡地区盛地区に市街地が分かれており、前者は交通・商業の中心、後者は行政・司法の中心と位置付けられている。両者の間には断続的に住宅街が続いているが、市街地はほぼ独立している。人口4万人程度の地方都市でありながら、ちょっとした双子都市の様相を呈しているのは珍しい。
ただ、この双子のような大船渡と盛の街。震災による被害は、はっきりと明暗が分かれる結果となった。


 ▲まずは大船渡地区の玄関口、大船渡駅の駅前風景(東口)。
駅裏にあたる西口側はそれなりに建物も残っていたが、駅前だった東口側は壊滅的な被害を受けていた。
※カーソルを重ねると、震災前の同じ場所の写真が見られます(画像提供:多摩地区そして日本各地の画像集)。また、クリックすると現在の写真が拡大されます。


 ▲大船渡駅の東、県道230号の1本東を並行する南町一番丁商店街
※カーソルを重ねると、震災前の同じ場所の写真が見られます(画像提供:多摩地区そして日本各地の画像集)。また、クリックすると現在の写真が拡大されます。

かつては賑やかな商店街だったようだが、ほとんどの建物が津波で流され、あるいは取り壊されてしまっている。そんな中、2軒のホテルが営業されていた。右側手前に見えるホテル福富さんと、左奥に見える大船渡プラザホテルさんだ。周辺の状況を鑑みるにかなりの被害を受けたものと思われるが、よくぞここまで耐えて営業再開に至ったものだ。

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 ▲続いて、大船渡駅前の復興商店街「おおふなと夢商店街」へ。
自転車店、理容店、鮮魚店など、観光客向けではなく、あくまで地元の人向けといった感じだ。少しでも平和な日々が戻ったようでホッとする。


 ▲大船渡駅の東側を南北に貫くメインストリート、県道230号
※カーソルを重ねると、震災前の同じ場所の写真が見られます(画像提供:多摩地区そして日本各地の画像集)。また、クリックすると現在の写真が拡大されます。

どうやらこのあたりが大船渡市で最も賑やかなところだったようだ。今となっては信じられないが…。


 ▲県道230号沿いの茶屋前商店街。このあたりは高さ6m以上の津波が来たという。
※カーソルを重ねると、震災前の同じ場所の写真が見られます(画像提供:多摩地区そして日本各地の画像集)。また、クリックすると現在の写真が拡大されます。


 ▲さらに北に進み、同じく県道230号沿いの台町大通り商店街へ。
※カーソルを重ねると、震災前の同じ場所の写真が見られます(画像提供:多摩地区そして日本各地の画像集)。また、クリックすると現在の写真が拡大されます。

茶屋前商店街、台町大通り商店街と名前は付いているが、現在は営業しているお店どころか、まともな建物すらほとんど残っていない状況だ。さらに、市は防災上の観点から、高台への移転を推進しているという。この道が再び「商店街」と呼ばれる日は来るのだろうか。

さて、この県道230号をしばらく北上し、JR大船渡線(現在はバス専用道路)を陸橋で越えると、じきに大船渡地区から盛地区に突入する。

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 ▲盛地区のメインストリート、さかり中央通り商店街。大船渡地区と対照的な光景に驚いた。
海沿いに位置する大船渡地区と違って、内陸に位置する盛地区は津波の被害が小さかったようだ。前々回の記事で紹介した気仙沼市も、気仙沼駅周辺と南気仙沼駅周辺で被害の程度が大きく異なっていたが、防災とは何なのかを考えさせられる。

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 ▲さかり中央通り商店街で。
ちょうどこの日は天照御祖神社の盛町五年祭があったらしく、通り沿いでは道中踊りが行われていた。行き交う人々にも笑顔が溢れている。平穏な日常こそが最高の幸せなんだと感じた瞬間だった。

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 ▲盛駅前通りの北側にも商店街は続いていた。旧街道らしい、風情ある街並みだ。

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 ▲最後に、盛駅から西に延びる盛駅前通りへ。
祭のために歩行者天国になっていて、人通りも多い。街歩きをするときは、賑やかなのに越したことはない。ちょうど良いタイミングで訪れることができた。

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 ▲駅前通りと県道230号が交差するところには、JR大船渡線の終着駅、盛駅
震災後、復興支援の一環として駅舎のリニューアル工事が行われた。木製の庇は碁石海岸の穴通磯をイメージしたものだという。

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 ▲JR盛駅構内。
かつて線路だったところは嵩上げされ、バス専用道となっている。ホームから列車に乗るのと同じ感覚でBRT(代行バス)に乗ることができるようだ。

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 ▲こちらは隣接する三陸鉄道南リアス線の盛駅。
写真には写っていないが、大勢の観光客が訪れ、狭い駅舎内はやたら賑やかだった。切符を見せると、親切な駅員さんが乗り場を丁寧に案内してくださった。

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 ▲さて、盛駅から16時18分発の三陸鉄道南リアス線釜石行きに乗車。
この車両を見ると例のオープニングテーマが脳内再生されるのは私だけではないはず。ただ、あのドラマの舞台になったのは北リアス線だが、こちらは南リアス線である。北リアス線にも乗ってみたかったが、ちょっと遠いので、今回は日程の都合で断念。

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 ▲車体の側面にはこんなメッセージが書かれていた。
南リアス線は今年4月に全線復旧したばかりで、車両(36-700形)は全てクウェート国からの支援により購入されたものなのだ。全線復旧の際は、沿線住民がクウェートの国旗を持って祝福する様子がテレビで紹介されていた。

盛駅を発車した列車は、三陸海岸の険しい地形をトンネルで抜けながら進む。車窓はほとんどトンネルばかりだが、たまに海もちらっと見えた。また、途中の三陸駅では「春風しおさい号」という豪華な車両とすれ違った。とにかく、沿線は祝福ムード一色だった。

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 ▲途中で通り掛かった唐丹(とうに)駅の付近で。
このあたりは津波で橋が流され、一時は路線廃止も囁かれたとのこと。震災後3年目の全線復旧は、まさに沿線住民の悲願だったことだろう。

この後は終点の釜石駅で下車し、釜石の街を散策したのだが、それはまた次回の記事で紹介しよう。
(続く)

※震災前の写真はすべて「多摩地区そして日本各地の画像集」の管理人様より転載許可をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
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