爽やかな夏の飛騨・信州紀行【3】 城下町・松本の街歩き(後編)

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 ▲女鳥羽川沿いに続く縄手通り商店街。下町情緒溢れる、賑やかな歩行者天国の商店街だ。

前回の記事から続く、長野県松本市の街歩きシリーズ。後半となる今回は、街のシンボル・松本城に近いエリアを紹介しよう。観光客が多そうなイメージのあるこのエリアだが、意外にもマニアックな路地が多く、縄手通りやナワテ横丁、緑町、うら町など、ずっと歩き回っていても飽きないところだ。
それでは、都心部の伊勢町・本町界隈からスタート。
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 ▲まずは女鳥羽川の南側を東西に貫く伊勢町商店街から。
元々は、松本と飛騨高山を結ぶ旧野麦街道沿いに開けた商店街。電線が地中化され、すっきりとした印象の街並みだ。ビジネス街でありながら、パルコやMウイングなどの商業施設、洋品店や理美容室も目立ち、若者向けの街という印象を受ける。

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 ▲こちらは松本の昔からのメインストリート、本町通り
前回の記事で紹介した「中町」、後述する「東町」とともに、善光寺街道(旧北国西街道)沿いの「親町三町」の一つに数えられる。洒落たファサードのお店が建ち並び、人通りも多く、活気に満ちている。

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 ▲伊勢町通りと本町通りの交点付近にある「牛つなぎ石」。
「敵に塩を送る」という言葉で知られる故事、上杉謙信が武田信玄に塩を送った際、荷牛をつないだといわれる石だ。

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 ▲続いて、中町商店街の北側、女鳥羽川の北岸に沿って続く縄手(なわて)通り商店街へ。
松本城の南総堀と女鳥羽川に挟まれた、縄のように長い土手に位置することから名付けられたというこの通りは、昔の街並みが再現された歩行者天国の商店街。土産物屋やらカフェやらいろんなお店がごった煮のように建ち並ぶ。元は四柱神社の参道として発展した商店街だが、現在のような形になったのは2001年にリニューアルされてからのようで、かつては歓楽街色の強い屋台街だったようだ。

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 ▲縄手通りで。新旧がコラボした個性的なお店が多い。
中には「WABI×SABI」なんていうお店も。某テレビ番組に出てきそうな店名だ。

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 ▲縄手通り商店街を東に進むと、ちょっとマイナー感漂う東縄手通りに出る。

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 ▲東縄手通りを東に抜けると、善光寺街道(旧北国西街道)沿いの東町通り商店街に出る。
前回の記事で紹介した大橋通りから続く道路で、本町・中町とともに「親町三町」の一つに数えられる。松本市街東部のメインストリートにあたり、狭い割に交通量も人通りも多い。

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 ▲東町通りの1本東側の裏手を並行する、その名もうら町通り商店街
こちらは艶かしい夜の街。この一角には「華のうら町夢屋台はしご横丁」という共同店舗もあり、観光客の呼び込みにも力を入れているようだ。また、東町通りとうら町通りの間には、観音小路、長称寺小路、作左衛門小路、塩屋小路、正行寺小路、山家小路などなど、「二十四小路」と呼ばれる路地が並んでいて、それを示す石碑も立っている。以前に訪れた能登輪島の朝市通りを思い出す。
ちなみにこのうら町、スナックやクラブなどの飲食店の他、韓国食材店や韓国料理店、韓国風居酒屋、在日韓国人向けの教会などがある。長野県の歓楽街はどこか韓国がらみのお店や施設が多い気がする。

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 ▲こちらは東町通りの1本西側を並行する上土(あげつち)通り商店街
古い洋館が建ち並び、「大正ロマンの街」として町おこしされているようだ。過度に観光地化されていない点に好感が持てる。

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 ▲上土通りのさらに1本西を並行する路地裏の飲食街、緑町通り
こんなところにタウンアーチがある意外性。ちょっと寄り道したくなる。

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 ▲アーチをくぐり、緑町通りを少し歩いてみた。
単なる飲食街でも、古都のような風情がある。この雰囲気、どことなく飛騨高山の一番街を彷彿させる。
そしてこの通りを南に抜けると、前述の縄手通り商店街に出てきた。このあたりは迷路のようで楽しい。

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 ▲さらに、緑町通りと上土通りの間にはナワテ横丁という小さな路地もあった。
おお、これはたまらない。ファミリーパブ、ファミリー割烹と、あえてファミリー向けをアピールしているところが面白い。

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 ▲ナワテ横丁を北に抜けると、外濠小路というこれまた渋い路地に出た。
この先 自転車 通り抜けできません」と書かれているので、どれほど狭いのかと思ったら、終端がホテルの敷地内の庭園のようなところで、最後は非常階段みたいな無骨な階段を上るようになっていた。これには度肝を抜かれた。

さて、そろそろ夕暮れが近付いてきた。これから東京に帰るという迷いネコさんとは一足早く別れ、ここから先はもうしばらく一人で散策しながら松本駅に戻ろう。

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 ▲まだまだ時間があるので、せっかくだから国宝・松本城へ。
戦国時代の1593-94年ごろの築城と言われ、現存する5重6階の木造天守としては日本最古のものなんだとか。もう夕方だからか、人通りも少なく落ち着いた雰囲気だ。修学旅行らしき中学生や高校生の集団がたくさんいたが、一日の行程を終えて疲れてしまったのか、若いのにみんな物静かなのがおかしい。

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 ▲最後に、縄手通りの西側に続く六九(ろっく)商店街にやって来た。
かつては松本を代表する繁華街で、全蓋式アーケードもあったようだが、2000年に撤去されたとのこと。にわかには信じがたい話だ。現在は巨大な再開発ビルが建ち、新しくて個性的なお店も出来てはいるが、どこか殺風景に感じてしまうのはなぜだろう。ちなみにこの北側一帯は通称「西堀」という色街で、アングラ臭漂ういかがわしいビルも建っている。

ということで、松本の街歩きはここらで終わり。市街地の隅々まで歩き回り、充実した街歩きだった。
では、そろそろ松本駅に戻ることにしよう。

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 ▲松本駅から再び上高地線の新島々行き(3000形3001-3002)に乗車。
松本駅を出た頃は立ち客も出るほどの混み具合だったが、少しずつ降りて行き、途中の波田(はた)という駅でどっと降りてガラガラになってしまった。波田はちょっとした街のようで、駅前に商店街があるのが見えた。機会があればじっくり歩いてみたいところだ。

そして、約6時間ぶりに新島々駅に戻って来た。ここから、駐車してあったクルマに乗り、あとは中央道経由で名古屋に帰るだけ。ただ、その前に、いくつかの珍「踏切」に寄り道することに。


 ▲つい先ほど電車で通ったばかりの波田駅へ。ここには昔ながらの電鐘式踏切警報機が残っている。

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 ▲そしてもう一つ。松本市の南部、JR篠ノ井線・村井駅の少し北にある小さな踏切へ。
一見、何の変哲も無さそうな踏切だが…

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 ▲この踏切、なんと「養鶏所踏切」というユニークな名前が付いている。
と言っても、周辺は住宅街で、養鶏所らしき施設は見当たらない。おそらく、鉄道が開通した当時(あるいは踏切が出来た当時)にはあったのだろう。養鶏所くらいしか目立つものが無く、そのまま踏切の名前として採用されたものと推測される。
実はここ、2009年の秋に長野を訪れた際、特急しなの号の車窓から見て以来ずっと気になっていたのだ。
この近くにはもう一つ、「病室踏切」というさらにおどろおどろしい名前の踏切もあったが、いつの間にか「広丘駅南踏切」というつまらないネーミングに変わってしまったようだ。あまりにイメージが悪いから改称されたのだろう。

そして今度こそ、塩尻南ICから長野道・中央道を経て帰宅。
1泊2日の「飛騨・信州紀行」シリーズはこれで終わり。爽やかでもありマニアックでもある、そんな一泊旅行だった。

(完)

【目次】
爽やかな夏の飛騨・信州紀行【1】 乗鞍岳・平湯温泉から松本へ
爽やかな夏の飛騨・信州紀行【2】 城下町・松本の街歩き(前編)
爽やかな夏の飛騨・信州紀行【3】 城下町・松本の街歩き(後編)(このページ)
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