2013夏・韓国【2】古都・慶州へ、旅情あふれる鉄道の旅

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 ▲新羅時代の7世紀に造られた庭園、雁鴨池(アナプチ)。百日紅の花が美しい。

前回から続く韓国旅行シリーズの2日目、7月26日(金)。
この日は朝早くからホテルを出発し、高速鉄道「KTX」のソウル駅に向かった。首都ソウルから約280km離れた韓国南部の古都、慶州(キョンジュ)に向かうためだ。新羅(紀元前57年~935年)の都として栄えた、日本で例えるなら京都か奈良のような存在の街だが、ここを訪れるのは2009年12月以来2度目、約3年半ぶりとなる。
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 ▲朝のソウル駅。天井が高く開放的なホームは、まるでヨーロッパのターミナル駅のようだ。

ここから大きな荷物を抱えて、8時10分発のKTX(201列車)釜山行きに乗車。ちょうどこの時期は韓国の帰省ラッシュにあたるようで、車内はほぼ満席。ただ、事前にネットで特室(日本で言うグリーン車)を予約しておいたので、特に不都合も無く乗ることが出来た。
ちなみに前回KTXに乗った3年半前は、東大邱-釜山間が未開通だったため、その区間だけ在来線に乗り入れていた。当該区間の高速別線は2010年10月に開通し、新慶州(シンギョンジュ)駅と蔚山(ウルサン)駅が新しく設けられた。今回降りるのは、この新慶州駅である。

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 ▲ソウルから2時間余り、10時18分に新慶州駅に到着した。長い旅だった。
前回慶州を訪れたときにはまだ無かった、新しい駅。ただ、市街地から離れた山奥に造られたため、周辺には何も無く、その様子は群馬県の安中榛名駅を彷彿させる。ただ、安中榛名と違ってこちらは世界的な観光地。広大なコンコースには観光案内所や売店、それに飲食店も充実していて、それなりに賑やかだ。「木曽屋」という日本料理の店もあるのには驚いた。

夕方にまたこの駅に戻ってくる予定なので、駅構内のコインロッカーに荷物を預けることにした。指紋認証式のハイテクなコインロッカーだったが、操作方法がややこしく、韓国語が全く分からないと厳しいかもしれない。

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 ▲駅前広場にあった案内図。右下の方に人の顔のようなものが見えてギョッとする。

新慶州駅から10kmほど離れた慶州の中心街へは、50番の市内バスに乗って向かう。平日の朝早くだからか観光客の姿は全く見当たらず、乗客は沿道の大学に通っているとおぼしき学生ばかりだった。

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 ▲新慶州駅から20分ほどで、慶州駅に到着。
こちらは1936年築の駅舎が残る、昔ながらの駅だ。前回来たときは新慶州駅がまだ無かったため、釜山から「東海南部線」というローカル列車でこの駅にやって来た。極寒の真冬に訪れた前回とは対照的に、今回はとても蒸し暑い。ともあれ、ソウルは霧が濃い曇り空で、大邱あたりまでどんよりとした天気が続いていたので、せめて晴れただけでもありがたいことだ。

さて、まずは駅前をちょっとだけ散策してみよう。

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 ▲駅前の城東市場(ソンドンシジャン)。色とりどりの野菜や果物が鮮やかだ。
観光地らしいわざとらしさが無く、地元の人向けの素朴な雰囲気の市場だ。3年半ぶりの訪問ということもあり、無性に懐かしく感じる。道端の屋台でおばさんがホドゥグァジャ(胡桃菓子)を売っていたので、買って食べた。

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 ▲市場の向かい側の慶州郵便局にちょっと寄り道。前回来たときは土曜日で開いていなかった。
こうして見ると日本の郵便局にそっくりだ。ここで再び1000ウォン貯金。

慶州駅に戻り、駅前のレンタサイクル店、その名も「駅前自転車貸与(역전자전거대여)」で自転車を借りる。前回もここで自転車を借りたのだった。見どころが広い範囲に点在する慶州では、小回りの利くレンタサイクルが何より便利なのだ。

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 ▲東城路、中央路とともに知られる慶州の中心商店街、鶏林路(ケリムノ)
前回来たときは、もっと泥臭い商店街だったと記憶している。街路灯や舗装も新しそうだし、最近になって綺麗に整備したのだろう。

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 ▲交通量の多い慶州市街を縦断し、慶州中央市場へ。ほど良く年季の入った建物だ。
駅前の城東市場よりも規模は大きいが、人通りは少なく、どこか寂れた感じがする。後で知ったことだが、この市場は5日に1回、2と7のつく日しか開かれないようだ。

この後は、市場の裏手にある慶州中部洞郵便局へ。さらに路東里古墳群・路西里古墳群・皇南大塚といった古墳密集地帯を通り抜け、慶州市街の南部へ。

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 ▲瞻星台(チョムソンデ)の近くにはこんな広大なコスモス畑があった。
前回は真冬だったので全く気付かなかったのだ。

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 ▲さらに進み、雁鴨池(アナプチ)の隣にある蓮花団地。
こちらもちょうど見頃を迎えていた。なんて良い時期に来たんだろう。

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 ▲そして雁鴨池(臨海殿址)へ。
ここは新羅時代の別宮で、君臣の宴会や、貴賓をもてなすのに使われていたと考えられている。ただ、新羅の滅亡とともに荒廃し、当時の詳しい様子は明らかになっていない。建物もほとんどが想像で復元されているものらしい。また、元来は「月池」という名前だったが、廃墟となった跡に雁や鴨が多く飛来したことから、朝鮮時代に「雁鴨池」と名付けられたのだという。

30分ほどで池の周りを一周し、再び駅前に戻ろうとしたら、道端の小さな露店がスピーカーから「アイスケキ~、アイスケキ~」と連呼していた。何だろうと思って買ってみたら、昔ながらのいちご味のアイスキャンディー(1000ウォン)だった。唇にへばり付くほどキンキンに冷えていて、暑さで火照った体が一気に癒された。
ちなみに「アイスケキ」というのは日本語の「アイスケーキ」に由来する言葉で、今ではほとんど使われない年寄り臭い言葉なんだとか。

レンタサイクルを返却した後は、再び駅前の城東市場にやって来た。市場の中にはキムパプ(韓国風のり巻き)の店ばかりが建ち並ぶ「キムパプ横丁」があったので、そこで昼食をとることにしよう。

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 ▲やって来たのは「ヘジン粉食(혜진분식)」という庶民的な粉食屋さん。
賑やかなおばちゃん2人組がやっている小さなお店だ。「ヘジン」というのはこのおばちゃんの名前だろうか。メニューにはピビンパ、キムパプ、コングクス(豆乳冷麺)、カルグクス(うどん)、チャンチグクス(温そうめん)、ラーメン、冷麺、ミルミョン(小麦粉の冷麺)、トッポッキ、ティギム(天ぷら)、スンデ(腸詰)と書かれている。一通りのメニューが揃った、スタンダードな軽食店だ。

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 ▲キムパプ、トッポッキ、ティギム、スンデなどが美味しそうに並んでいる。
ちなみにティギムは注文すると二度揚げしてくれるのが韓国の市場のスタイル。

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 ▲店内の奥はこんな感じ。冷房が効いているのが嬉しい。
店のおばちゃんが「ときどき日本人のお客さんも来るねんけど、うちら日本語が分からへんから教えてくれへんか(コテコテの慶尚道訛りだったので関西弁に訳してあります)」と言うので、5分間日本語講座をやることになった。

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 ▲ヨルムネンミョン(葉大根の冷麺)、キムパプ、そしてパジョン(ネギのチヂミ)をいただく。
これぞ韓国の夏の定番メニューだ。ヨルムネンミョンは初めて食べたが、さっぱりしていて美味しかった。それにしても、韓国語で「夏(여름)」と「葉大根(열무)」は発音が似ている。片仮名で書くとどちらも「ヨルム」だ。

さて、お腹が膨れたところで再び慶州駅に戻り、3年半前にも乗った東海南部線の列車に乗ることにした。13kmほど離れた仏国寺(プルグクサ)に行くためだ。
もっとも、慶州市街から仏国寺へは直接バスで行った方が便利で、列車の場合は仏国寺駅でまたバスに乗り換えなければならない。このことは鉄道会社も認識しているようで、慶州駅で切符を買おうとしたら駅員さんにも「バスじゃなくて列車の切符でいいのか」と念押しされたほどだ。不便な列車にわざわざ乗るメリットは全く無いのだが、ただ、あの旅情あふれるローカル線に、もう一度乗ってみたかったのだ。

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 ▲慶州駅に、14時08分発のムグンファ号1621列車が到着。
ソウルの清凉里(チョンニャンニ)駅を朝8時25分に出発し、韓国の内陸部を縦断する中央線からこの東海南部線に乗り入れ、はるばる8時間かけて釜山の釜田(プジョン)駅に向かう、気が遠くなるような長距離列車だ。高層ビルが林立し大発展が続く韓国も、地方のローカル線は半世紀前から時代が止まっているようで、昔ながらの懐かしい雰囲気が残っている。日本にはもう残っていない「国鉄」の雰囲気だ。大らかというか、適当というか、たまたま座った座席はカーテンが壊れていた。

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 ▲慶州駅からわずか10分で仏国寺駅に到着した。運賃は2,600ウォン(約240円)。
途中の車窓からは、ドラマで有名になった善徳女王(ソンドクニョワン)のお墓がちらっと見えた。

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 ▲ホームには上屋も架線も無いので空が広く見える。
3年半前にこの駅を訪れたときは、底冷えするような真冬の夕方だった。寒いので駅員さんが待合室にストーブを点けてくださったのを思い出した。当時はムグンファ号が1日7往復だけ停車するダイヤだったが、いつの間にか増発されたようで、上り9本、下り12本が停車するダイヤになっている。さらに、駅名板も新しいデザインのものに変わっている。それでも寂しい駅であることには変わりない。

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 ▲仏国寺駅の駅舎。慶州駅とともに、日本統治時代の1936年に建てられた駅舎が残っている。

駅前には数軒のお店があるが、ひっそりとしている。駅の正面には日本にもありそうな入母屋造りの民家があり、その隣には地元ではそこそこ有名らしい麺類の店が、また向かい側には「大長今」という名の居酒屋がある。
参考までに書いておくと、ここから目的地の仏国寺へは4kmほどで、11番のバスが通じている。Naverの地図では、駅前の交差点を左に曲がった「九政ロータリー」バス停にこのバスが停まるように書かれているが、実際は駅前の通りをしばらく直進したところ(天馬食堂のところ)に「仏国寺駅」というバス停があって、そこから乗れるようだった。公園の掃除をしていたおじさんに聞かなければ、危うくバスに乗り損ねるところだった。

ということで、今回の記事はここらへんで終わり。次回は世界遺産の仏国寺を紹介します。
(続く)
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Comment

途方もなく熱いと私が心配したその日だったようです。 それでも天気も良くて花もたくさん咲いていて幸いですね。

ご存じのように東海南部線も複線電鉄化がじわじわ進行していますが、慶州(キョンジュ)市内は市内を避けて新慶州駅を経由する側に完全に異説なるといいます。 もちろん理由は市内に散在した文化財ためで初期に付設された時は慶州市内の文化財に対する配慮がなかったようにします。

その時になれば新慶州駅が本当に慶州の関門になるでしょう。 慶州駅の写真や仏国寺駅の写真はもう見られない写真資料である縁です。 異説は約5年ほど残って時間余裕はあるが私も慶州区間はいつか一度現地調査してみようと考えています。

仏国寺駅行切符を買う時駅員が再度確認したことは多分仏国寺駅が仏国寺の直ぐ前にあることで勘違いする人々が少なくないためではないか推測します。

>Tabiperoさん

東海南部線は、釜山の海雲台付近で線路が移設されて海が見えなくなる、という話は知っていましたが、慶州でも線路移設が行われるんですね。
慶州駅や仏国寺駅が無くなってしまうのはちょっと寂しいですが、今回訪れてみて、新慶州駅がそこまで不便ではないということを実感しました。道路が整備されているおかげでしょう。
ところで、光州や長項・群山あたりでもそうですが、韓国では大胆な線路移設が盛んに行われていますね。
我々の感覚からすると、市街地から遠くなってかえって不便になる気もするんですが…。
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