真夏の沖縄旅行・1―初日はしっとり沖縄本島南部の文化遺産めぐり

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 ▲青い海、青い空、白い雲、これぞ沖縄!南城市知念の吉冨交差点で。

先日、7月7日から9日にかけて、2泊3日で沖縄に行ってきた。
自分で言うのも何だが、私は沖縄の地理や文化にはかなり詳しい方である。どこに何があるかは大体分かるし、沖縄独特の難読地名もかなり読めると自負している。しかし、実は今まで一度も機会に恵まれず、実際に訪れるのは今回が初めてなのだ。

そんなわけで、予備知識もばっちり、満を持しての沖縄旅行が始まった。
まずは自宅を早朝4時半に出発し、中部国際空港から7時50分発のNU251便(Boeing737-400)に搭乗。窓側の座席からは三重県の松阪や尾鷲、熊野の街並みが見え、その後しばらく太平洋上を通過し、奄美大島や硫黄鳥島をかすかに望んだ後、那覇空港には定刻より10分ほど早く、9時50分に到着した。

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 ▲空港近くでレンタカーを借り、最初にやって来たのは那覇市の郊外にある識名園(しきなえん)。
ここは琉球王家の別邸だったところで、主に中国からの使者である冊封使(さっぽうし)をもてなすのに利用されていたのだという。たまたま来てみたら、この日は「那覇の日」とやらで、なんと入場無料に(普段は大人1名で400円)。

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 ▲識名園の中心となる建物、御殿(うどぅん)。日差しは強いが、からっとしていて意外と涼しい。

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 ▲7月なのにもうトンボが飛び交っている。本土には生息していないタイリクショウジョウトンボだ。
日差しが強いので、逆立ちポーズをして休んでいる。

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 ▲そして、池にはおびただしい数のアメンボが。
この他に、見たこともないような蝶がたくさん舞っていて、クルマで走っていても頻繁に蝶がぶつかってきた。いかにも南国といった雰囲気だ。

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 ▲最後に、勧耕台(かんこうだい)という展望台へ。那覇市上間方面の街並みが一望できる。
海が全く見えない景色が沖縄らしくないが、これはわざと海が見えない角度に配置し、中国からの使者に琉球が決して小さい国ではないということを訴える意図があったとも言われている。

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 ▲続いて、識名園からほど近い南風原町(はえばるちょう)にある松風苑へ。
ここは大きな庭園のある落ち着いた雰囲気の高級料亭。ちなみに完全予約制。昼間からちょっとリッチな気分になる。

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 ▲昼食の松花堂弁当をいただく。これにジーマーミ豆腐とデザートが付いて2,700円。

ところでこの松風苑、実はウルトラマンやウルトラセブンを始めとするウルトラ・シリーズを手がけた脚本家、金城哲夫氏の生家でもあり、資料館が併設されている。食後、ご主人のご厚意で資料館を見学させていただくことになった。

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 ▲金城哲夫資料館。仕事場だった場所がほぼそのままの状態で残されている。
同行者の中にウルトラセブンマニアが2人もいたので、いろいろなトリビアが聞けて良かった。ウルトラ・シリーズに登場する怪獣「キングジョー」の名前が「金城」から取られているのは有名な話なんだとか。

この後はさらに沖縄本島を南下し、「アブチラガマ」あるいは「糸数壕(いとかずごう)」と呼ばれる洞窟に向かった。ここは戦時中に避難壕として使われていたところで、戦況が悪化すると野戦病院としても使われていたという。ただ、当時の沖縄の人は、自然の洞窟を「ガマ」、人工のものを「壕」と呼び分けていたので、「アブチラガマ」の方がより正確な表現ということになる。

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 ▲まずは、アブチラガマのすぐ近くにある南部観光総合案内センターへ。
のどかなサトウキビ畑の中にぽつんと建つ小さな施設だ。ここでチケットを購入し、懐中電灯とヘルメットを借りる。そして、事前に予約してあったガイドさんから簡単な説明を受けた後、実際にガマの中に入る。案内センターからガマの入口までは150mほどの距離だ。

入口は非常に狭く、足場も悪いので、スニーカーにヘルメットが無いとかなり危険である。内部は真っ暗なので懐中電灯も必須である。決して大袈裟な話ではない。ただ、中に入ってしまうと、想像以上に広い世界が広がっていた。
ここで、全長270mほどの細長いガマの中を歩きながら、ガイドさんから詳細な説明を受ける。淡々とした語りがかえって生々しく聞こえる。ここは治る見込みの無い重症患者が集められていた場所だとか、ここは死体安置所だったとか。実際にガマで過ごした方の証言もいろいろと教えてくださった。とてもショッキングな話だった。敵兵はともかく日本軍のやり方もあまりに酷すぎるのだ。戦争という異常な状況下であるから仕方ないという意見もあろうが、だからこそなおさら戦争はいけないものだと強く実感する。

また、このガマで奇跡的に生き延びた1人の男性が、5年前に体験記を自費出版されたのだという。この方は愛知県北名古屋市にお住まいだったようで、さらに詳しく話を聞くと、思わぬところで自分たちと繋がっていることが分かった。まるで他人事ではないような不思議な感覚になった。

沖縄には華やかな観光地だけでなく、こういった負の遺産もある。決して楽しく盛り上がれるような場所ではないが、目を背けてはいけない、一度は必ず訪れておくべきところだと思った。


さて、アブチラガマを訪れた後はさらに沖縄本島を南下し、知念半島にやって来た。さすがにこのあたりまで来ると那覇とはだいぶ景色が違う。赤瓦に石敢當、それにシーサーという、沖縄ならではの伝統家屋も数多く残っている。お墓の形も独特だ。何から何まで本土と違う景色は、まるで外国に来たようだ。

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 ▲途中で通り掛かったニライ・カナイ橋。ダイナミックな景色が晴れやかな気分にさせてくれる。

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 ▲そして、この日最後に訪れたのは、琉球最高の聖地・斎場御嶽(せーふぁうたき)だ。
「御嶽」というのは琉球独自の信仰の場のことで、本土で言うところの神社のような存在だろう。高校時代に読んだ小説にこの斎場御嶽が登場し、その神聖な描写に惹かれて以来、ずっと行こうと思っていたところだ。

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 ▲斎場御嶽の中で特に見応えがあるのが、この三庫理(さんぐーい)。
三角形の巨大な洞門の奥が三庫理と呼ばれる神域で、首里城にも同じ名前の祭祀場があるという。有名になりすぎたせいか観光客だらけで、あまり神聖な雰囲気が感じられなかったのがちょっと残念。そういう自分も観光客の一人だが…。

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 ▲三庫理の奥には久高遙拝所(くだかようはいじょ)がある。
遥か海の向こうに、琉球の創世神・アマミキヨが降臨したといわれる久高島(くだかじま)を望むことができる。はっとさせられる景色だ。雲と蜘蛛の組み合わせもちょっと面白い。


この日の行程はこれで終わり。あとはひたすら沖縄本島を北上し、ホテルに直行するだけだ。

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 ▲ホテルに向かう途中で通り掛かった、与那原町(よなばるちょう)の中心街。
交通の要衝として栄えたところで、人口1万8千人の町にしてはかなり賑やかな景観だ。ただ、観光資源に乏しいベッドタウンのためか、「観光客がほとんど行かない!?」という自虐的な名前のパンフレットが発行されているのが笑える。

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 ▲与那原町を代表する社交街、オリオン通り。ちなみに沖縄では歓楽街のことを社交街と呼ぶ。

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 ▲レトロなアーチがある親川通り商店街。生活臭の感じられる風景だ。
与那原町にはこの他に「えびす商店街」や「中央通り」といった商店街もあるようだ。またじっくり歩いてみたい。

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 ▲そして、今回の旅の宿所「リザンシーパークホテル谷茶ベイ」には1時間半ほどで到着。
沖縄本島中部、恩納村(おんなそん)の海沿いに建つ巨大なリゾートホテルだ。

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 ▲シーサイドレストラン「谷茶ベイ」で、オリオンビールと琉球料理の夕食をいただく。
海風が爽やかで気持ちいい。

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 ▲そして本土よりだいぶ遅く、19時半近くなってからの日没。一日お疲れさまでした。

これにて沖縄旅行の1日目は終了。翌日は、海中道路を中心とする沖縄本島中部の観光スポットへ、そして那覇の街をじっくりと歩きます。
(続く)
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