雪の南信州紀行・3―伊那谷の小都市、箕輪・高遠を歩く

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 ▲長野県上伊那郡辰野町、JR辰野駅近くの路地裏で。遠くに見えるのは中央アルプスの木曽駒ヶ岳。

2013年1月4日。前回の記事から続く、南信州旅行の2日目。
この日は宿を取った辰野の街を出発し、気になった街にぶらりと立ち寄りながら、伊那谷を少しずつ南下して行くことにした。もちろん平日なので、新年初の郵便局めぐりを楽しみつつ。

まずは辰野町内の川島郵便局、辰野中部簡易郵便局、羽場郵便局へ。さらに辰野町から箕輪町に入り、沢簡易郵便局へ。ここでは新年ということで干支の茶碗をいただいた。
このあたりの詳細は旅行貯金のページを見ていただくとして、その後は箕輪町の中心街にある箕輪郵便局にやって来た。ところがここ、田舎町のそう大きくもない郵便局なのに凄まじい混み具合で、なんと約30分待ち。それならということで、待ち時間の間に箕輪の街をざっと散策してみることにしてみた。
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 ▲思わぬ理由から散策することになった箕輪の街、まずは街の玄関口であるJR伊那松島駅から。
小さいながらも車両基地が併設され、ローカル線の飯田線の中では割と大きい駅の部類に入るようだ。駅前広場にはロータリーもあり、小さな街の玄関口にしてはしっかりしている印象だ。箕輪の街は、ちょうどこの駅の南西側に広がっている。

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 ▲伊那松島駅と国道153号をまっすぐ結ぶ駅前通り
歩道も広く、綺麗に整備された通りだ。このあたりは通称「日ノ出町」と呼ばれているらしい。

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 ▲「箕輪町役場入口」交差点付近の国道153号沿い。通称「仲町」のあたり。
このあたりは最近になって道路の拡幅が完了したようで、新しい街並みが続いている。山間のひなびた田舎町を想像していただけにちょっと意外だ。街路灯の表示によると、「仲町実業団」というのが組織されているらしい。商店街の組合のようなものだろう。

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 ▲国道153号をさらに南下したところ。道幅は狭くなるが、ほどよい密集感があって良い雰囲気だ。
このあたりは「通り町」という通称地名で呼ばれていて、「通り町実業団」というのがあるようだ。こうして見ると結構な規模の街のように見えるが、それもそのはず、箕輪町は長野県の郡部の中では最も人口が多いらしい。

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 ▲Aコープの裏手に広がる、通称「本町」界隈。
やはり「本町実業団」というのが組織されているようだが、こちらは飲食店が中心のエリアのようで、裏路地的な雰囲気だ。

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 ▲国道153号から一歩裏手に入った、箕輪郵便局の前の通り。このあたりは庶民的な街並みだ。

さて、そろそろ郵便局に戻って貯金を済ませ、箕輪の街とはここらでお別れ。短い散策だったが、意外といろんな表情を持ち合わせた街のようで面白かった。

この後は箕輪町から伊那市に入り、伊那野底簡易郵便局、美篶(みすず)郵便局を経て高遠郵便局へ。伊那野底簡易局では局名の入ったオリジナルのペン立てを、そして高遠局では冷蔵庫用保冷カーテンと使い捨てカイロをいただいた。このあたりの郵便局は本当にサービスが良い。正月とはいえ、たくさんもらいすぎて何だかちょっと申し訳ないが…。

そんなわけで、次は高遠(たかとお)の街並みを散策してみよう。
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 ▲まずは、例によって街の玄関口のJRバス関東・高遠駅から。
駅と名乗っているが、実際はただのバスターミナル。それでも、建物はどことなく鉄道駅のような雰囲気があり、街の玄関口に相応しい貫禄が感じられる。構内もローカル線の終着駅のような感じで、遠くに来たなあという感じだ。

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 ▲「駅前」風景。ここから東に向かって本通り商店街(国道361号)が続いている。
この通りこそが高遠のメインストリートで、伊那と諏訪を結んでいた杖突街道にあたる。中心街は、西から順に霜町(しもまち)、仲町(なかまち)、本町(ほんまち)、高砂町(たかさごまち)と続いている。霜町とは何とも寒々しい地名だが、元々は「下モ町」と表記していたらしく、「下タ町(したまち)」と区別するため1866年に漢字が改められたのだという。

ここ高遠は、かつては上伊那の政治の中心地として栄えた城下町。今も街のあちこちに当時の名残が感じられ、また桜の名所としても知られている。

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 ▲本通り商店街、通称「仲町」のあたりで。
道路が拡幅されたため、通り沿いの建物はほとんどが新しいものに建て替えられているが、デザインが和風にアレンジされているため統一感がある。ただ、思ったほど観光地らしさは無く、あくまで地元の人向けの商店街といった感じだ。

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 ▲本通り商店街をさらに進むと、郵便局のあたりから高砂橋にかけて急な下り坂となる。
このあたりは通称「高砂町(たかさごまち)」。かつては今よりも急な坂道で、1865年までは「下り(さがり)町」と呼ばれていたようだ。この奥に見える丘陵地帯が高遠城址公園で、春はコヒガンザクラで山全体が桃色に染まるという。ぜひまた春に来よう。

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 ▲本通り商店街から分かれ、郵便局の前から北東に延びる通り。
奥に見えるT字路で本通り商店街と直交している。この通り沿いは横町(よこまち)、東町(ひがしまち)と続いていて、本通りに次ぐ第二のメインストリートとなっているようだ。

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 ▲東町あたりからの眺め。真っ白に染まった中央アルプスの木曽駒ヶ岳が眩しい。

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 ▲こちらは伊那市高遠町総合支所(旧高遠町役場)の前を通る道。
本通り商店街の1本北側を並行する裏通りで、新町(しんまち)、袋町(ふくろまち)と続いている。この「袋町」という地名は、防衛上の理由からもともと袋小路だったことに由来するという。現在は通り抜けられるようになっていて当時の面影は無い。

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 ▲上の写真の裏通り(新町)と本通り商店街とを結ぶ、名も無い路地。
昔ながらの写真館があったりして、どことなく懐かしい趣の路地だ。

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 ▲こちらは、本通り商店街の中ほどから分かれて南に延びる通り。
通称「梅町(うめまち)」と呼ばれる界隈だが、かつてはこの近くに馬の売買をしていた「駒せり場」があったため、1866年までは「糶町(せりまち)」と呼ばれていたそうだ。

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 ▲梅町の通りは途中でクランク状にカーブし、急な下り坂となる。枡形の名残だろう。

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 ▲梅町の下り坂を過ぎると、やがて三峰川(みぶがわ)に架かる真っ赤な天女橋が見えてくる。
1962年に竣工したというこの吊り橋は、観光客があまり通らない場所に架かっているため、知る人ぞ知るといった雰囲気。だけど本当に絵になる風景。1981年のテレビドラマ「思えば遠くへ来たもんだ」のロケにも使われたんだとか。

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 ▲天女橋から東を眺めたところ。
手前には弁財天橋と高遠大橋が、そして奥には南アルプスの仙丈ヶ岳が見える。2つのアルプスに囲まれているなんて、本当に贅沢な景色の街。

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 ▲天女橋を渡った先は、相生地区の通称「多町(たまち)」と呼ばれる上り坂が続いている。
若干ながら商店が連なっているが、昔はここも商店街だったのだろうか。意外と面的な広がりのある街だ。このまま進むと秋葉街道に合流する。

最後に、高砂町の坂道にある手打ちそば処「華留運(ケルン)」さんで信州そばをいただいた。冷たいそばがお勧めのようだが、寒い中をずっと歩いていたせいで体が冷えきっていたので、温かいそばを注文。それでも十分美味しかったです。巨大なかき揚げもカリッとして美味しかったし、お腹も大満足の高遠の旅となった。

さて、時刻はもう14時半。郵便局の貯金窓口が閉まるまで、残り1時間半となった。あと何局回れるだろうか?少し急ぎ足で、次の目的地である伊那市街を目指すことにした。
(続く)
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