モノづくりの街・刈谷―忘れ去られた旧市街へ

DSC03319RS.jpg
 ▲刈谷市駅前通り商店街(刈谷一番街)。ここが刈谷の旧市街の玄関口。
ゆるやかな坂道に片屋根式アーケード。どこか遠くの地方都市に来たような、旅情を感じさせる街並みだ。

去る9月24日は、豊田市と並ぶ西三河の工業都市・刈谷市(かりやし)を訪れた。
愛知県の北西のはずれに住む私にとって、名古屋市以南、ましてや三河は、同じ県内と言えども馴染みの薄い地域。中でも刈谷は何の縁も無いところで、地元の方には申し訳ないが、基本的に通り過ぎたことしかない街だ。この日もまた、隣町の知立に住む友人に会いに行くついでに訪れただけなのだが、中心街をレンタサイクルで走ってみると、思わぬ発見があって面白かった。そんな刈谷の街並みをいくつか紹介しよう。
DSC03263RS.jpg
 ▲知立駅からレンタサイクルで、まずは刈谷の街の玄関口、刈谷駅(北口)にやって来た。
JR東海道線と名鉄三河線が乗り入れ、両者を合わせた乗降人員は1日約7万7千人。名古屋市外としては県内有数の交通の結節点だ。北口のロータリーの真上には、写真のようなデッキが各方角に延びて歩行者の動線が確保されている。大都市近郊らしい貫禄ある風景だ。

では、刈谷駅周辺の商店街を一通り回ってみることにしよう。

DSC03260RS.jpg
 ▲刈谷駅北口から相生町交差点まで延びる、駅前通り
駅前広場の真正面からまっすぐ延びるメイン的な通りなのだが、長さが中途半端なので交通量も人通りも少なめだ。その割に道幅は広いので、やたら路駐が多い。自動車産業のさかんな街なので、必然的にクルマ社会となっているようだ。

DSC03258RS.jpg
 ▲アクアモール商店街。明治用水西井筋を管水路化した際に整備された、新しい遊歩道の商店街だ。
この道をまっすぐ進むと、やがてJR刈谷駅のすぐ西側の踏切に出る。その踏切を渡ると、さらにその向こう側のアピタのあたりまで商店街が続いている。

DSC03253RS.jpg
 ▲前述の踏切から北西へ、神明町交差点まで延びている桜町通り商店街
こちらもコミュニティ道路の商店街で、「グリーンモールさくら」の愛称を持つ。刈谷という街は、駅前から幹線道路が放射状に延び、その間を縫うようにしてコミュニティ道路の商店街が縦横無尽に通っているようだが、その構造が我が地元・一宮市に似ていて親近感が湧く。名古屋からの距離も似ているし、JR東海道線と名鉄のローカル線が通っているという点も同じだ。

DSC03251RS.jpg
 ▲アクアモールと県道51号の間、桜町2丁目の中央を東西に貫く路地。
この一角は、三河有数の大規模な歓楽街。飲食店や風俗店がひしめき合っていて独特の雰囲気だ。ただ、昼間から客引きがウロウロしていて落ち着かないので、早々に退散することに。

さて、続いてはJR東海道線を横断して線路の南西側へ。アピタの前を過ぎると、名鉄三河線の北側に並行するように市街地が続いている。

DSC03267RS.jpg
 ▲名鉄三河線の北側を並行して走る県道51号(東陽町商店街)
この通りこそが、刈谷駅と中心街(というより旧市街)を結ぶメインストリートのようだ。この裏手には、愛知製鋼、トヨタ紡織、豊田自動織機といった大企業の工場が連なっている。30~40年ほど前は、これらの工場に勤務する人たちで大変な賑わいだったようだが、今はちょっと元気が無いように見える。自動車通勤が主流になり、中途半端に駅から遠いこのあたりにはわざわざ立ち寄る人も少なくなったのだろう。

DSC03272RS.jpg
 ▲そんな東陽町商店街沿いには、「刈谷名店街」という古めかしいビルがある。
竣工は今から半世紀以上前の1960年7月。戦災復興が一段落し、高度経済成長の真っただ中にあったこの当時、1階が店舗で2階以上が住宅というこのスタイルは、時代の最先端を行く斬新さだったという。よくもまあ今まで取り壊されずに残っていたものだ。

DSC03278RS.jpg
 ▲歩道に面した部分はこんな感じ。営業しているお店は数軒のみだ。
そのうち1軒のお店には、「店舗に付随する県営住宅の取り壊しが決定したためしばらく休業します」という旨の貼り紙がしてあった。やはり、近々取り壊されるようだ。
こうして刈谷の名所がまた一つ消えてゆく。「今までお疲れさま」、そんな気持ちで名店街を後にした。

DSC03283RS.jpg
 ▲さて、東陽町商店街をさらに西に進むと、刈谷警察北交差点のところにY字路がある。
左に進むと新栄町、広小路と続く県道51号で、ここから先は電線も地中化され、綺麗に整備された新しい街並みが続いている。一方、右に進むと、県道51号の旧道にあたる銀座商店街が延びている。

DSC03282RS.jpg
 ▲これがその銀座商店街だ。
かつては西三河随一の非常に賑やかな商店街として知られ、数年前までは全蓋式アーケードも残っていたようだ。今の状態からは想像もつかないが、街路灯の数がその賑やかさを物語っているようだ。ちなみにこの通り沿いにも「銀座センター」という、刈谷名店街と同じような複合ビルがあったようだが、数年前に取り壊されたという。

どうやら刈谷市は、このあたりの旧市街を完全に見捨てているようで、活性化なんかは微塵も考えていないようだ。それはそれで一つの考え方であり、むしろ潔いとも思う。しかし、いくら税収が豊かで市民の所得水準が高くても、こんな景色を見せ付けられると、本当に「豊かな街」と呼べるのか疑問が残る。
DSC03287RS.jpg
 ▲寂しい銀座商店街の中でひときわ異彩を放つ、パルテノン神殿のような旧刈谷浴場
レトロな商店街に風呂屋は付き物。ただ、ここも数年前に廃業されたようだ。

DSC03288RS.jpg
 ▲名もない駄菓子屋さん。嬉しいことに、ここは現役のようだ。ちょっと安心した。

DSC03285RS.jpg
 ▲こんな琺瑯の町名看板も残っていた。
以前に訪れた、名古屋市瑞穂区の雁道にも同様のものがあった。下町にはこういうアイテムがよく似合う。

DSC03294RS.jpg
 ▲さらに西に進み、万燈通りを横断したところ。街並みはさらに寂しい感じになってきた。
どうやら道路拡幅の計画があるらしく、現在進行形で立ち退きが進んでいる。真新しいマンションが建つ他は空き地だらけだ。こうして、伝統ある商店街は行政によってただの住宅街に作り変えられていく。ここが以前は賑やかな商店街だった、という事実も、いずれは人々の記憶から消えていくのだろう。
無理して拡幅なんてしなくても、いっそのことクルマを完全に排除した歩行者天国の商店街にすればいいのに、とも思うのだが…。

DSC03298RS.jpg
 ▲銀座商店街の西端部からは、名鉄刈谷市駅にかけて於大(おだい)通りが延びている。
徳川家康の生母、於大の方のゆかりの地であることから名付けられた通りだ。放置され見捨てられた銀座商店街とは対照的に、真新しくて小綺麗な風景が続く。電線は地中化され、洒落た街路灯が並び、道幅も広々としている。このあたりはやはり税収の豊かな自治体らしい。

DSC03334RS.jpg
 ▲そんな於大通りも、南に進むと徐々にレトロな雰囲気になっていき、その先に名鉄刈谷市駅がある。
冒頭に登場した「刈谷駅」とは別の駅で、名鉄三河線で1駅目に位置する。和歌山市駅や松山市駅などと同じく、区別のために地元では「市駅」と呼ばれているようだ。
刈谷駅は元々は辺鄙な街外れで、この刈谷市駅こそが刈谷の中心街に位置していたのだが、今では完全に立場が逆転してしまっている。乗降人員は微増傾向だが、1日5千人程度。高架下には「名鉄サンリバー」という商店街もあるが、ほとんどが撤退して見事なシャッター街になっている。

DSC03336RS.jpg
 ▲刈谷市駅の駅前風景(南西方向)。
刈谷駅と比べると非常に規模は小さいが、それでも一応ロータリーが整備され、小さな地方都市の中心駅並には見える。左端には、映画館とパチンコ店が入った「愛三ビル」。昭和の香りが漂う光景だ。

DSC03323RS.jpg
 ▲こちらは駅前から北西を眺めたところ。
片屋根式アーケードの市駅前通り商店街(一番街)がまっすぐ延びている。きっと数十年前は、西三河の各地から多くの人々が電車でやって来て、活気に満ちたこの商店街を歩き、そして身動きも取れないほどの人出でごった返した銀座商店街で買い物を楽しんでいたのだろう。

DSC03324RS.jpg
 ▲最後に、刈谷市駅から南西に延びる御幸町商店街
刈谷市駅の周辺には、意外とたくさんの商店街があるようだ。うまくやれば市の副都心的な位置付けにできないこともなさそうだが、おそらく数十年後のこのあたりは、無味乾燥で平凡な住宅街になっていることだろう。

まだまだ見どころは多そうだが、時間の都合で今回はこのあたりまで。いつもののんびりした街歩きと違って、中心市街地の活性化の在り方とか、コンパクトシティへの課題とか、まちづくりに不景気が及ぼす影響とか、いろんなことを考えさせられる、そんな一日だった。ともあれ、この刈谷がいつまでも住みよい街であり続けることを願いたい。
関連記事

Comment

こんにちは。ご無沙汰しております。こじろうです。
刈谷の街並み、大変懐かしく拝見しました。
知立の風景もアップしていただけたら嬉しいです!
かつて住んでいたことがありますもので・・・。

刈谷名店街のような物件は今時珍しいですよね。
でもどうしようもなく惹かれてしまいます。
子供の頃見ていたウルトラマンで、怪獣に破壊されるビル、みたいなイメージ。
(分かりづらいですね…)
刈谷浴場も現役の時の内部を見てみたい物件です。
確かに元気のなさがお写真から見て取れる刈谷、今後どうなっていくのか、
不安な気持ちを拭いきれませんねぇ…。

あ、実はもう年越ししてますね。
昨年はお世話になりました。
また本年も宜しくお願い致します。面白い記事、楽しみにしてます!

>こじろうさん
お久しぶりです。刈谷の街並み、当時から随分と変わったことでしょうね。
知立の街は、3年前の春にじっくりと訪れたのですが、ブログにまだアップしていませんでしたので、リクエストにお応えして近々アップしようと思います。

>ねじまきさん
いつもコメントありがとうございます。こちらこそ、本年もよろしくお願い申し上げます。
刈谷名店街といえば、似た物件として、以前の記事で紹介した大府センターがありましたね。
怪獣に破壊される、というイメージ、何となく分かりますよ。やはり時代を象徴するデザインのビルだったのでしょう。
西三河は刈谷にしても岡崎にしても、レトロというよりは放ったらかしな雰囲気のところが多く、中心市街地の元気が無さがいつも気がかりです。

はじめまして。もとのみ公設で検索したら辿り着きました
(昨日もとのみ公設通ったら潰れてたんで気になって…)。

自分は実家が市駅付近なんで、写真全部わかります。
それにしてもサンリバー、市駅前は本当に寂れちゃいましたね…。
昔よくサンリバーのゲーセンでヤンキーに絡まれたもんです…。

アイコンは柳ヶ瀬ですよね?
自分もまったく同じ構図で撮りました…w。
あそこ最強デス…。


※名もない駄菓子屋さんの名称は『正直屋』です(通称じき屋)。

>SUGIさん

はじめまして、コメントありがとうございます。
地元の方からコメントをいただけると特に嬉しいです。
忘れ去られたような刈谷の旧市街の風景は、本当に心惹かれるものがあります。
名もない駄菓子屋さん、ちゃんと名前があったんですね。いいですねぇ、じき屋って。
ちなみに岡崎のもとのみ公設は昨年の8月末で閉店したようです。

アイコンは仰る通り、岐阜は西柳ヶ瀬、岐山ホテル近くの裏路地です。
まさかこの写真だけで分かるとは…。
あの辺は迷宮みたいに路地が入り組んで、本当に悩ましい街です。

初めまして。

はじめてコメントさせていただきますね。
結婚して刈谷に来て23年、少しずつ変わっていく町並みの写真懐かしく拝見していました。
名店街ビルで検索してこちらのブログに寄らせていただきましたが
今年の秋より取り壊しが始まり、年末には完了とのことで工事が進んでおります。

>lavieさん

初めまして、コメントありがとうございます。
まだ元気だった頃の刈谷の風景をご存じのようで、羨ましい限りです。
名店街、ついに取り壊しが始まったんですね。
跡地がどうなるのか気になるところですが、とにかくあの界隈に活気が戻ってくれたらと思います。
Comment Form
公開設定

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。