【能登半島一周その7】輪島から能登金剛へ、海沿いの絶景めぐり

能登半島一周シリーズもいよいよ三日目。前回の記事では輪島市中心部の商店街を一通り散策したが、その後は道の駅「輪島」にやって来た。珠洲駅跡に立地する道の駅「すずなり」と同じく、こちらも2001年に廃止されたのと鉄道輪島駅の跡地に建てられている。
DSC02089RS.jpg
 ▲道の駅「輪島」。「ふらっと訪夢(ほうむ)」という愛称が付けられている。
大きなロータリーが整備され、建物も大きく、今でも鉄道の駅のような雰囲気が漂う。バスターミナルとしても機能しているので、実質「駅」の役割を果たしているのは昔も今も変わらない。

ということで今回は、この道の駅にちょっと寄り道した後、さらに能登半島を南下して、輪島市から志賀町(しかまち)までの道中を紹介することにしよう。
DSC02075RS.jpg
 ▲まずは、道の駅の中に記念に残されている旧輪島駅のプラットホームへ。
「ふらっと訪夢(ほうむ)」の愛称はこれにちなんでいるのだろう。
ところで、ホームに建つ駅名板に注目。終着駅なので、次の駅のところは本来空欄になるはずだが、なんと「シベリア」と書かれている。これは国鉄時代からの有名な話。なんでも地元の学生によって「シベリア」だの「ウラジオストク」だのと勝手に書き加えられるイタズラが跡を絶たず、業を煮やした当時の駅長さんが最初から印刷しておいたのだという。なんともユーモア溢れるエピソードだ。

そろそろお昼が近付いていたので、道の駅の中にあるゴーゴーカレー輪島店へ。ご存じ金沢カレーの人気チェーン店だが、ここ輪島店には「あわびカレー」なる限定メニューがあるのだという。食べてみようかなとも思ったが、5500円もするので諦めて、ごく普通のロースカツカレーにしました。

DSC02077RS.jpg
 ▲腹ごしらえをしたところで、ちょっとだけ道の駅の周辺を散策。
入口から正面を見ると、大きなロータリーに面してホテルや土産物屋が建ち並んでいて、今でも鉄道駅の駅前のような雰囲気だ。

DSC02107RS.jpg
 ▲また別の角度から見た「駅前」風景。これなんて、本当に今も駅前のようだ。
タクシーが常駐し、バス停の前には喫茶店と土産物屋が連なる片屋根式アーケード。長時間ガタゴト列車に揺られ、終着駅で改札を抜けたときのような、まさにそんな気分になる風景だ。

DSC02100RS.jpg
 ▲ロータリーから外に出ると駅前商店街。鉄道廃止から10年以上経つが、今もこの名前のままだ。
奥に見えるバスは、のと鉄道の廃止代替交通として活躍する特急バス。金沢駅から輪島までの所要時間は2時間程度で、昼間でも1時間毎に運行されており、皮肉にも鉄道より便利になっているようだ。

さて、続いては輪島を代表する必見観光スポット・キリコ会館に向かった。
DSC02110RS.jpg
 ▲キリコ会館1階のメイン会場、キリコの杜
キリコとは、能登各地の祭礼で使用される大きな切子灯籠のこと。ここには本物のキリコが約30基も展示されていて、中には高さ15mという巨大なものもあり、想像以上の迫力に圧倒された。これを見るとますます実際のキリコ祭りに行ってみたくなる。

DSC02119RS.jpg
 ▲2階の展示室には、能登の奇祭「あえのこと」「もっそう祭」「いどり祭」について展示されている。
写真は「もっそう祭」の模様。お椀に円筒状に盛りつけたご飯がなんともシュールだ。その昔、年貢の取り立てに苦しんでいた農民たちが、隠していた米を年に一回だけ腹いっぱい食べていたのがその始まりなんだとか。能登という土地には不思議な風習がたくさん残っているのだ。

ところでこのキリコ会館、てっきり自治体が運営しているのかと思っていたが、実は前回の記事で言及した稲忠漆芸堂の運営で、この10月から営業停止になっているという。内装から察するに、おそらく体育館を改装したであろう簡素な建物だが、展示品はとても価値あるもの。このまま廃止にするにはあまりにもったいない。行政もジリ貧で援助も難しいというが、何とかならないものだろうか。過疎地は見捨てられる、そんな温もりのない国なのか…。

さて、ここらで輪島の街とはお別れ。ここからは少しだけ海岸線から離れ、内陸をショートカットする国道249号を南へ下った。
DSC02132RS.jpg
 ▲30分ほど走ると、旧門前町の中心街・総持寺通り商店街にたどり着いた。
その名の通り、ここは曹洞宗大本山・總持寺祖院への参道。静かな山里の中に突然現れる商店街だが、意外と人通りや車の往来が多く、思ったよりも賑やかなところだ。ただ、やけに綺麗で真新しい街並みが続いているのが気になった。そう、このあたりは能登半島地震で大半の家屋が損壊してしまったのだ。

能登半島地震が起きた2007年3月25日といえば、奇しくも私は仙台から福島県の太平洋岸を南下し、茨城県の親戚宅に泊まっていたときだった。テレビでは連日のように、特に被害が酷かったこの門前の街が映し出されていた。総持寺通り商店街の公式サイトには、震災から復興にかけてのさまざまな資料が掲載されているが、あれから5年でここまで力強く復興を遂げたとは。地元の方々の苦労が偲ばれる。昨年の大震災で大きな被害を受けた東北・関東各地の街も、不屈の精神でこのように復興してくれることを祈りたい。

旧門前町からは再び海岸沿いを南下。輪島市から志賀町(しかまち)に突入したところで国道249号と一旦別れ、海岸沿いを迂回する県道49号に出た。このあたり一帯の海岸沿いは、朝鮮半島の金剛山にも匹敵する景勝地ということから「能登金剛」と呼ばれ、能登半島の中でも特に見どころの多いエリアだ。
DSC02158RS.jpg
 ▲まずはヤセの断崖へ。足下を見下ろすと身も痩せる思いがすることからその名が付いたとか。
前述の能登半島地震の震源は、まさにこの沖合数kmの地点。その際、海に突き出た崖の部分が全て崩落してしまい、大きく景観が変わってしまったという。それまでは崖の先端まで行くことができ、福井県の東尋坊のようにスリル溢れる景色が楽しめたようだ。

DSC02167RS.jpg
 ▲ヤセの断崖から遊歩道に沿って400mほど歩き、義経の舟隠しへ。
その名から分かる通り、源義経が兄・頼朝の追手から逃れる際、48隻の船を隠したという伝説が残る。真偽のほどはともかくとしても、こんな細長い形をした入り江もなかなか珍しい。自然の造形って不思議だ。

DSC02160RS.jpg
 ▲先ほどの「ヤセの断崖」と「義経の舟隠し」を結ぶ遊歩道。
写真で見ると爽やかで気持ち良さそうだが、実際は海岸沿いで何も遮るものがない上に、雲ひとつ無い晴天で気温は約34度。汗が滝のように流れ、脳みそが焼け付きそうで、半分うんざりしていたのも確かである。さっさと駐車場に戻り、クーラーをガンガンに効かせた車内で、冷えたお茶を飲みながらしばし休憩。

DSC02172RS.jpg
 ▲気を取り直して出発。しばらく走っていると、大笹波水田という見事な棚田が見えてきた。
小さな駐車場と展望台が併設されているが、観光客の姿は無く、静かでとてものどかなところ。白米千枚田とともに日本の棚田百選にも選ばれている。整然と四角形に区画されていてやや面白みに欠けるが、スケールはかなり大きい。

DSC02176RS.jpg
 ▲さらに南に進むと、遠くに巨大な風車が見えてきた。風力発電所だろうか。
ここ志賀町は原子力発電所で有名なところだが、環境負荷が少ない発電を推進しているのか、至るところでこのような風車を見かけた。

再び国道249号に合流し、続いては旧富来町(とぎまち)の中心部に位置する道の駅「とぎ海街道」にやって来た。
DSC02183RS.jpg
 ▲ここの名物は、とぎ男爵のソフトクリーム、250円。
朝から猛暑の中を歩き回ったこともあり、冷たさが染み渡ってめちゃくちゃ心地よい。さらに、塩をかけて食べると甘みが際立ってとても美味しいのだ。これはオススメである。

DSC02195RS.jpg
 ▲道の駅のすぐ裏手には、増穂浦海岸が広がっている。
ここは鎌倉の由比ヶ浜、和歌山の和歌浦とともに日本小貝三名所に選ばれており、サクラ貝を始めとする様々な貝殻が打ち寄せられることで知られている。

DSC02185RS.jpg
 ▲増穂浦海岸には「岸壁の母」の碑が建つ。
岸壁の母とは、当地出身の端野いせさんを歌った歌謡曲。戦地に向かった息子が引揚船で帰ってくるのを生涯待ち続けたエピソードはあまりに有名だが、富来出身ということは知らなかった。結局、息子が生きていたことを知らぬまま亡くなったそうだが、あまりに無念な話である。

DSC02193RS.jpg
 ▲そして、増穂浦海岸のもう一つの名物、世界一長いベンチ
全長460.9mでギネスにも登録されているというこのベンチ。テレビに出ていたので以前から知ってはいたが、実際に見てみると本当にビックリするほど長い。こうして見るともはやベンチに見えない。端から端まで歩いたらクタクタだろう。

DSC02208RS.jpg
 ▲最後に、増穂浦海岸から少し南に行ったところにある機具岩(はたごいわ)へ。
昔、織物の神様が山賊に遭い、持っていた織機を思わず海に投げたところ、この岩に姿を変えたという伝説がある。伊勢・二見浦の夫婦岩(めおといわ)に似ていることから、能登二見とも呼ばれているそうだ。ただ、特筆すべきは、左側の大きい方が女岩、右側の小さい方が男岩と呼ばれるということ。能登の地では女性の方が優位なのだろうか?

ということで、今回はここまで。この先は、能登金剛最大の名所・巌門に立ち寄った後、この旅のゴール地点である羽咋市(はくいし)まで向かいます。
(続く)
関連記事

Comment

能登半島は本当すばらしいところ同じに見えます。 以前'みんなの鉄道'のと鉄道’篇を見てそこにある程度だけ知っていたが、'ゴジラ岩'や'義経の舟隠し'のような所もおもしろいですね。

なぜかなじむ漢字が見えて珍しかったが、金剛山は日本にも良く知られている所でしょうか。’金剛山も食後景’と言う'花より団子'と同じ意味の韓国ことわざのように絶景の代名詞のような所だが、もう行くことができなくなって残念です。

>Tabiperoさん

素朴な風土、優れた自然景観、本当に能登半島は良いところなのですが、何しろ交通が不便なせいで激しい過疎化に陥っているのが残念なところです。能登半島地震以降、観光客も減っているようですし…。
金剛山は、植民地時代に日本政府が観光地として開発したという歴史があるようで、おそらくこのあたりから日本でも知名度が高まったのでしょう。
北朝鮮には金剛山の他にも、白頭山、開城など見どころが多いので、せめて平和に行き来できるようになればと思います。

ところで、「みんなの鉄道」シリーズにのと鉄道もあったんですね。
調べてみたら、廃止になった穴水-蛸島間も収録されていたんですね!さっそく見てみます!

ホントに能登半島は見所が多いです。
機会が有れば、大沢海岸→皆月海岸→猿山岬をオススメ致します

特に猿山岬は奥能登最後の秘境と言われる名所です。しかし、極めて不便です。

>田辺さん

コメントありがとうございます。
猿山岬、ぜひ行ってみたいですね。
本当は海岸線に沿って進みたかったのですが、この区間だけは不便なので内陸へ迂回してしまいました。
寄り道しながら2泊3日で能登一周はかなりきついですね。

いえいえこちらこそ。
おっしゃる通り、二泊三日で能登半島一周はハードですね。
次回は是非とも猿山岬を訪れてください。(大沢海岸もオススメです)
外浦から攻めても良いかもしれませんよ。深見海岸(門前町)→六郎木→猿山岬→皆月海岸→大沢海岸→輪島といった難所越えルートはいかがですか。

>田辺さん

詳しい情報をありがとうございます。
しかしかなりの難所みたいですね。丸一日かけて越えるつもりで、ぜひいつか訪れてみたいと思います。

深見海岸から六郎木経由なら車で行けるので是非オススメ致します。
ただし、深見海岸から遊歩道で直接猿山岬となると・・・ かなり大変かもしれません。
30年前に行ったことありますが、今はどうなっているのか解りません。
やはり、二泊三日ではきついでしょうかね。
Comment Form
公開設定

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。