【能登半島一周その3】朝もやの港町・宇出津(うしつ)を歩く

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 ▲小高い丘の上にある酒垂神社(さかたりじんじゃ)から眺めた、宇出津本町の街並み。
一面に広がるつやつやした黒瓦の家並み、その奥には朝もやのかかった静かな港。真夏だけどまだ涼しい時間帯。モノトーンの幻想的な風景だ。

前回の記事に引き続き、今回は能登半島一周シリーズの二日目。
この日は熟睡するN氏を放っといて早朝5時半に起き抜け、宿からほど近い宇出津(うしつ)の街をぶらぶら一人で散策することにした。ここは2008年の夏にも一度歩いたことがあるのだが、そのときはあまり時間が無くて隅々まで歩けなかったこと、またそれ以上にとても印象深い街だったこともあって、ぜひまたいつかじっくり歩いてみようと心に決めていたのだ。
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 ▲まずは宇出津漁港の周辺からのんびりと散策。
深い入江の奥にある宇出津の港は天然の良港で、水面は鏡のように澄んでいる。ただ、港の朝は早い。漁協の周りでは、ひと仕事を終えた漁師たちが一服していた。

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 ▲漁港から北に進み、宇出津の昔からのメインストリートにあたる中通りへ。
南から本町(ほんまち)、酒垂町(さかたりちょう)、大竹町(おおたけちょう)、仙人町(せんにんちょう)と続く通りで、沿道には覚照寺や酒垂神社、石瀬比古神社跡、常椿寺など史跡が多い。昔からの宇出津の中心地なのだろう。古くて趣のある建物が多く、カラー舗装と石畳がさらに雰囲気を引き立てている。

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 ▲中通りからは、こんな路地が東西に無数に分岐している。まるで迷路のようだ。
路地の奥は山蔭になっていて、真夏でもひんやり涼しくて気持ちがいい。ふらっと路地に迷い込んではまた中通りに戻り、また寄り道しては戻りを繰り返しながら、夢中に写真を撮りつつ歩く。早朝6時からこんなところをウロウロしていたら不審者と思われてもおかしくないが、地元の方々は意外なほど心やすく、挨拶したり話し掛けたりしてくださった。

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 ▲そんな路地から続く長い石段を登ると、崎山台地の中腹に大樹山常椿寺(じょうちんじ)があった。
能登ではお寺の屋根も黒瓦。1574年に崎山城主・三宅宗隆が父親の菩提を弔うために建立した寺院で、父親の戒名・「浄林院殿大樹常椿大居士」から名付けられたといわれている。
このとき時刻はちょうど6時半。どこからともなくラジオ体操の音と、子どもたちの無邪気な笑い声が聞こえてきた。ああ、夏休みだ。

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 ▲この常椿寺には、樹齢500年のフジの大木がある。あまりに大きすぎて写真に収まりきらない。
実際は「昇龍」と「臥龍」の大小2樹からなり、夫婦藤ともいわれている。写真は「昇龍」の方。石川県の天然記念物、能登町の文化財に指定されている。真夏ということもあり、ここまでの道は草木が生い茂りクモの巣だらけで、ちょっとした冒険のようだった。

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 ▲再び中通りに戻ろう。レトロな建物の興能信用金庫本店を過ぎると、仙人町商店街となる。
カーブを描く商店街は「この先何があるのだろう」とワクワクするから歩いていて楽しい。早朝なのでお店は開いておらず人通りも少ないが、街並みには密集感があり、老舗風の大きなお店が多く、昔はかなり賑わったのであろうことが想像される。

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 ▲こちらは興能信用金庫本店の手前から南西に延びる、立町(たてまち)の通り。
延々と上り坂が続いているが、しばらく進むと崎山台地からの道路の高架下をくぐり、その先でえびす商店街を陸橋で越えている。宇出津の街は起伏が多いので、地図で見るだけではなく実際に歩いてみないと立体感が捉えにくい。

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 ▲続いて、宇出津小学校の前を南北に抜ける大通り。通称「えびす商店街」と呼ばれている。
この道は国道249号の旧道にあたり、交通量が多い。このまままっすぐ進むと、宇出津第一トンネルで崎山台地の下をくぐり、辺田の浜・藤波方面に続いている。一方、この写真の手前側に進むと、北國銀行のところで先ほどの中通りと合流し、そこから先は新町通りと名を変える。
この通り沿いには能都郵便局があるが、4年前に既に訪れているので今回は素通り。

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 ▲えびす商店街を北に進み、中通りと合流すると、新町通り商店街となる。
ここが宇出津の一番のメインストリート。町内会では上町(かみちょう)、中町(なかちょう)、大橋組(おおはしぐみ)と分かれているが、総称して新町と呼ぶことが多いようだ。1998年から道路拡幅と電線地中化を始めとする街路整備が行われ、まちづくり協定「彌榮(いやさか)協定書」により建築デザインの統一も図られた。2011年には第17回いしかわ景観賞も受賞している。

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 ▲宇出津の街の中心、宇出津新町交差点。ここで新町通りと中央通りが交差している。
角には5階建ての雑居ビルも建ち、ちょっとした小都市の様相を呈している。今でこそ鉄道も廃止され過疎化が叫ばれているが、昔はどれだけ賑やかだったのだろうか。そんな頃にぜひ訪れてみたかった。
この宇出津新町交差点から梶川橋交差点にかけてのあたりも道路拡幅の計画があるようで、建物の立ち退きが進んでいた。次に来るときにはまた景色が変わっているかもしれない。

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 ▲宇出津新町交差点から東へ、能登町役場にかけて延びる通り。
通称地名でいうと、中島町(なかじまちょう)・浜小路(はましょうじ)の界隈。路地裏にはお洒落な洋食屋さんなんかもあったりして、田舎だからと言ってあなどれない。

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 ▲こちらは宇出津新町交差点から西へ、宇出津総合病院方面に延びる中央通り
ここがおそらく宇出津の第二のメインストリートだろう。鉄道が開通した1960年代以降に新しく開けた街だそうで、比較的新しいお店が多い。もっとも、その鉄道は2005年に廃止されているが、駅の跡地はバスターミナルとして機能しており、今でも比較的人通りが多い。

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 ▲中央通りからちょっと脇道に立ち寄ってみよう。こちらは新町通りの1本西側を並行する裏通り。
前回の訪問時は見落としていたが、飲食店が建ち並ぶちょっとした歓楽街になっている。小さな街ながらもいろんな表情を持っていて、本当に奥が深い。

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 ▲上の写真の通りのさらに1本西側、宇出津病院前交差点から中央図書館にかけて延びる通り。
こちらも数軒ながらお店が建ち並んでいる。このあたりは小規模ながらも碁盤の目状に商店街が広がっていることが分かる。

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 ▲そして、のと鉄道宇出津駅跡へ。中央通りから少し奥に入ったところにある。
4年前に訪れたときはホームだけでなく駅舎も残っていて、観光案内所やバスの待合室として利用されていたが、どうやら今年の3月に取り壊されたようだ。ぽつんと残されたホームには草が生い茂り、線路も撤去されてとても侘びしい。ただ、今後はここに新しい観光・地域交流センターが建てられる予定とのことで、ホームも記念に残されるそうだ。
ちなみに、かつての駅舎の写真はこちらから見ることができる。

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 ▲宇出津駅跡と、中央通りの「宇出津駅前」交差点とを結ぶ駅前通り
肝心の駅舎が無くなったことを除けば、このあたりの風景は前回来たときからほとんど変わっていない。ごく普通の駅前らしい風景のままだ。「←宇出津駅」と書かれた標識もそのまま残っている。
交差点の手前の右側に見えるアーチ型の建物は、スーパーマーケット「マルゲン」。前回来たときは営業していたが、いつの間にか閉店していた。鉄道廃止の影響をもろに受けた感じだ。

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 ▲駅前通りとは逆方向の北に向かって、真新しい道路が建設中だった。
駅が廃止されてから今さら駅前通りを整備するとも思えないが、一体どのように繋がるのだろうか。
この近くには、「よ」とだけ書かれた廃トンネルがあった。知らない人が見たら不気味に思うかもしれないが、のと鉄道能登線には49ヶ所のトンネルがあり、穴水方から「いろは」順に符号が振られていた、という話を思い出した。ということは、ここは穴水方から15番目のトンネルだったのだろう。

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 ▲上の写真の工事中の道路を北に進むと、上岩屋町(かみいわやまち)の通りにぶつかる。
新町通りの北端、宇出津第二トンネルの南口から北西に向かって、カーブを繰り返しながら坂道を上って県道6号(中央通り)に合流する、おそらく旧街道とおぼしき通りだ。中央通りが出来る前はこの道がメインストリートだったのだろうか。

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 ▲最後に、新町通りの梶川橋交差点から東に進んだ梶川沿いへ。
北国らしい、そして港町らしい風情の街並みだ。奥には地酒「竹葉」(ちくは)を醸造する数馬酒造が見える。

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 ▲梶川沿いからさらに東に進んだ新村本町(しむらほんまち)界隈へ。
このあたりは真脇・小木方面から宇出津の街への玄関口にあたり、ちょっと道幅が広くなっている。この東側の通称「音羽町」と呼ばれるエリアには、かつて遊郭があったとのことで、そのせいか飲食店もちらほら見られる。
また、この通りは毎年7月の初旬に行われるキリコ祭りの通り道となる。能登各地で行われるキリコ祭りの中でも、この宇出津のものは「あばれ祭り」の異名を持ち、かなり荒っぽいことで有名だ。今年はもう終わった後だったが、いつか機会があればぜひ見に行きたい。

さて、気が付けばもう8時過ぎ。5時半過ぎから歩き始め、もう2時間半も歩き続けたことになる。我ながらよく歩いたものだ。いつの間にか日も高くなり、汗びっしょりになっていた。
この後は再び宿に戻って朝食をいただき、クルマでさらに能登半島の先端を目指して出発します。
(続く)
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Comment

実は自分も今年の4月に生まれて初めて能登を訪問したので、
実際目にした風景が出て来て楽しく拝見させてもらってます。
今回の宇出津の町は見事にスルーしていましたが、
これはこれはなかなかの規模の町ですね。イメージと全然違いました。
古い町並みも健在のようで。
できることならば鉄道で訪問したかったですね。叶わぬ夢ですが。

>ねじまきさん

ねじまきさんも能登に行かれたんですね。
宇出津は確かに、奥能登の中では珠洲の飯田に匹敵する規模の街だと思います。数年前に合併するまでは「能都町」と、能登の都を名乗っていたくらいですからね。
本当に、私も鉄道で訪問してみたかったです。夢が叶わず切ない限り。のと鉄道の本社も併設されていたようなので、きっと賑やかな駅だったのでしょう。
この後も珠洲や輪島の風景が出てまいりますので、お楽しみに。
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