あの日のアーケードは記憶の彼方に―名古屋・大曽根

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 ▲大曽根駅西口の商店街、「オズモール」。
完成当時は先進的な街づくりとして全国から注目され、多くの人々が視察に訪れたそうだ。

去る3月21日は、所用のついでに名古屋市東区・北区にまたがる大曽根駅周辺を散策してきた。大曽根といえば、JR中央線・地下鉄名城線・名鉄瀬戸線・ゆとりーとラインが集結する、名古屋市北東部の一大ターミナル。個人的には中学校・高校時代をこの近所で過ごしたことや、大学時代にバイト先へ向かう通り道だったこともあり、割と馴染み深い街だ。ただ、あまり駅から外に出たことは無く、本格的に散策するのは今回が初めてだ。

では、まずは大曽根駅の西口側から見てみよう。
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 ▲大曽根駅前広場。10年以上にわたって続いた再開発は2006年末にようやく完了した。
いつ来ても工事中でゴミゴミした印象しか無く、やっと終わったか、といった気持ち。ただ、すっきりと綺麗な景色に生まれ変わったものの、以前より殺風景になってしまった感も否めない。

さて、この駅前広場から西方には「大曽根本通商店街」が延びている。かつては、駅の改札を抜けた真正面がこの商店街で、人の流れも自然とそちらに向かっていた。ところが、前述の駅前広場が商店街の入口を塞ぐような形で建設されてしまい、今ではロータリーを迂回するか地下街を通るかしなければ商店街にたどり着けなくなってしまった。結局、商店街の客足は遠のく一方。一体誰のための再開発なのやら…。

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 ▲大曽根地下街「オズガーデン」へ。
こちらも駅前広場と同時に2006年末にオープンしたばかり。新しくて綺麗なのだが、どこかがらんとしていて薄ら寂しい。まるでRPGのダンジョンのようだ。

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 ▲地上に出るとようやく大曽根本通商店街(オゾンアベニュー)にたどり着く。
奥に見えるのが大曽根駅。平日の昼間とはいえ、駅の構内と比べると明らかに活気に乏しく、おおよそ大都市のターミナル駅の目の前とは思えない静かさだ。

この大曽根本通商店街、1999年ごろまでは全蓋式アーケードがあり、大須・円頓寺に並ぶ名古屋三大アーケード街として知られていた。当時の記憶はかすかにしか残っていない。薄暗くてボロい商店街だった印象しか無いが、少なくとも今よりは活気と人情に溢れていたように思う。せめて写真を撮っておくべきだった。

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 ▲大曽根本通商店街沿いにひっそりと残る、1744年建立の大曽根道標
写真では分かりづらいが、「右 いゐたみち(飯田道)」「左 江戸みち ぜんく己うじみち(善光寺道)」と刻まれている。
実はこの商店街、かつて名古屋と中山道を結んでいた旧下街道にあたり、ちょうどこのあたりには旧瀬戸街道との分岐点(追分)もあったのだ。江戸時代から大曽根は、城下の北東の玄関口であり、交通の結節点でもあったというわけだ。

さて、この大曽根本通商店街だが、わずか150mほど進んだところで4車線の道路(市道赤萩町線)によって分断されてしまっている。信号も横断歩道もなく、歩道橋や地下道の類もないため、信号のある1本南か北の道路まで迂回しなければならない。巨額を投じて再開発を行っておきながら、一体どうしてこんな結果になるのか。理解に苦しむ。

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 ▲前述の4車線の道路を横断した先に続く大曽根本通商店街
右奥に見える白い5階建ての建物は、大曽根駅西口で唯一の大型小売店として親しまれた「清水屋」。皮肉なことに、再開発が終わった直後の2009年に閉店してしまった。

このあたりで大曽根本通商店街は終わり、さらに西へ進むと大曽根商店街(オズモール)と名を変える。
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 ▲大曽根商店街(オズモール)。商店街の境界線は分かりにくく、連続した形になっている。
こちらの商店街もかつては全蓋式アーケードがあったようだが、大曽根本通商店街よりも10年早く、1989年ごろに撤去された。同時に全ての建物が取り壊され、建築協定に基づいて三角屋根の統一されたデザインで建て直すという、斬新な手法で再開発が行われた。
あちこちに休憩スペースが設けられ、オズの魔法使いをモチーフにしたモニュメントが建ち並び、洒落た空間が広がっている。これはこれで良いものだが、やはりアーケードがあった頃のレトロな風景も見てみたかった。

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 ▲ちょうど昼どきだったので、オズモール沿いの庶民的な中華料理店「上海亭」さんで昼食。
台湾ラーメンと天津飯があっさりとして美味しかった。

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 ▲再び大曽根駅西口の駅前広場へ。整然としているけれど、だだっ広くて味気ない景色だ。
左手に見えるローソンの看板の手前が大曽根本通商店街の入口で、画像の右側が駅の入口。見事に駅前広場で分断されているのが分かるだろう。

ということで、大曽根駅の西側はここらでおしまい。今度は反対側の東口方面を散策してみよう。

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 ▲まずは大曽根駅東口の駅前風景。
元々こちらは駅裏だったのだが、ナゴヤドームに近いこともあって人通りも多く、こちらの方が駅前らしい雰囲気になっている。頭上をゆとりーとラインの高架が横切っていてダイナミックな景色だ。

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 ▲東口には矢田本通商店街が北東に向かって延びている。
駅前広場から信号・横断歩道で繋がっているので、西口の商店街のような悲惨な目には遭っていない。

アーチに書かれている通り、この道もまた旧瀬戸街道にあたる。つまり西口の商店街の延長上にあたるわけで、かつては踏切1つ挟んで繋がっていたようだ。
現在の矢田本通商店街は、大曽根駅交差点からしばらく北上してから右折して東に進む形をとっているが、1990年ごろまでは第一生命ビルのあたりから焼肉双福園のあたりまで、斜めに道が繋がっていたという。これが本来の瀬戸街道なのだが、区画整理で廃道になってしまったらしい。良くも悪くも姿を変え続け、昔の面影は全く残さない、それが大曽根という街なのだ。

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 ▲矢田本通商店街は、西から順に一番街、二番街…と名付けられている。写真は一番街
この区間は前述の区画整理によって新しく造られた道路であり、比較的新しい建物ばかりだ。それでも、街並みからはどことなく人情味が感じられる。

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 ▲焼肉双福園の前から、メッツ大曽根の北東の信号までの区間は二番街
ここからは本来の瀬戸街道のルートをたどるようになる。ただ、区画整理で拡幅が繰り返されているため、昔の面影は全く感じられない。

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 ▲メッツ大曽根の北側を通り、次の信号までの区間が三番街
写真は大曽根駅からちょうど500mほどの地点。駅前商店街というよりは、住宅地背景型の近隣商店街といった雰囲気だ。

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 ▲三番街を過ぎると、四番街は欠番で、いきなり五番街となる。
ここからは区画整理が進んでおらず、道幅も狭く一気に印象が変わる。もはや商店街とは言い難い状態だが、これはこれで何だかホッとする風景だ。

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 ▲五番街の裏手には今もこんな路地が残っている。
真新しくてだだっ広い西口のオズモールやオゾンアベニューの周辺にも、きっと昔はこんな風景がたくさん残っていたのだろう。

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 ▲さらに足を延ばして矢田川を渡り、守山区に入ったあたりの瀬戸街道
ここはもはや大曽根エリアではないが、ちょっと立ち寄ってみた。1963年に旧守山市が名古屋市に編入される以前は、ちょうどこのあたりに市役所があり、この通りがまさに市のメインストリートだったようだ。

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 ▲最後におまけ。守山城にゆかりの深い宝勝寺の本堂で。
ここは日本の歴史を大きく動かした大事件、「森山崩れ」の現場。そんなこととは関係なく、ゆったりとのどかな時間が過ぎていた。

ということで、今回は名古屋市の大曽根から。新しくてお洒落なのに、どこか寂しくて、ちょっと切なくなる街歩きだった。
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Comment

ついに!!

大曽根・矢田編を取り上げて下さいましてありがとうございます。
うちの父の在所が旧矢田町9丁目1番地
(5番街の旧瀬戸街道沿い)の長屋でした。
せとでんの線路沿いで電車が走る度にガタガタ家が揺れて揺れて(笑)
今は亡き祖父と遊んでもらった、小さい頃からとても馴染みの街です。
今は立ち退きで跡形もありませんけどね。

当方30代前半ですが、オズモールまでアーケードだった時代はギリギリ記憶にあります。
今もかかりつけの病院や歯医者に通う際に
オズモールを歩くんですが、ホント寂しいです。
清水屋も潰れてしばらく経つのに廃墟のままだし・・・
駅側のアーケードが取り壊しになる少し前に
写真を撮ったはずですがどこに行ったやら

長文失礼しました!

>9丁目1番地さん

なんと、HNの由来はこんなところにあったんですね!
全く知らずに歩いていましたが、ちょうどあのあたりかな、なんて鮮明に情景が蘇ってきました。
オズモールまでアーケードだった頃は、私は残念ながらまだ名古屋にいなかったので、写真で振り返ることしかできません。本当に、その時代の大曽根をこの足で歩いてみたかったです。
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