ちょっと遠回りな東京旅行(2009.9) その6~横川編

(前回からの続き)

磯部駅からJR信越線の下り電車に乗り、終点の横川駅に到着した。
横川駅
横川駅。磯部駅は簡易Suica改札だったが、こちらはちゃんとした自動改札がある。

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駅前風景。奥の突き当たりが旧中山道。
横川といえばやはり峠の釜めしだが、右側の建物がその製造元であるおぎのやの本店。左側の建物はおぎのやのお食事処だ。これとは別に、駅の横にも小さな売店がある。せっかく横川に来たのだから、ぜひ食べて帰ろう。
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本店にはおぎのや資料館が併設されている。入館無料で、おぎのやに関するさまざまなアイテムが所狭しと展示されている。鉄道に関する資料も多い。というか、むしろそっちの方が目立っている。

さて、この横川のあたりは、現在は磯部駅や安中榛名駅と同じ安中市(あんなかし)の一部になっているが、2006年までは碓氷郡松井田町(うすいぐんまついだまち)という独立した自治体だった。が、合併に反対する住民が多いらしく、今も分離独立運動が激しいという。
平成の大合併ではあちこちで強引な市町村合併が行われたが、こんな運動が起こるということは、よほど何かあったのだろうか。

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横川駅の近くの電柱にはこんなものが貼ってあった。合併への当て付けか。
(注:揖斐川町は岐阜県西部にある町です)

続いて、横川駅前の旧運転区跡地にある碓氷峠鉄道文化むらにやって来た。
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が、なんと休園日だった。通常は火曜が休園だが、連休明けだったので変則的になっていたのだ。
ああ、なんてこった。せっかく旅館で割引券ももらったのに。とにかく残念である。
ちなみに上の写真は塀の外から眺めたところ。これが碓氷峠の急勾配を重連で引っ張っていたEF63か。奥に見えるのはトロッコ列車だろう。

気を取り直して、鉄道文化むらの隣にある横川郵便局へ。集配センターが併設され、やや大きくて綺麗な建物だ。
100円貯金をしようと入金票を記入していたら、局名印に関する案内が貼ってあった。釜めしのイラスト入りの宝印と、関所のイラストと「碓氷峠の関所跡」のフレーズが入った宝印があるようだ。場所柄だけに、旅行貯金者も多く訪れるのだろう。せっかくなので、50円ずつ貯金して両方のゴム印を押していただいた。

郵便局を後にし、旧中山道をしばらく歩くと、群馬県指定史跡の碓氷関所跡が見えてきた。
中山道碓氷関所跡
中山道の碓氷関所は、古くは899年に設けられ、元和年間(1615-1623)にこの地に移ってきたという。この門は、当時使用されていた門柱や門扉、屋根材、台石などをもとに1959年に復元されたものだそうだ。
江戸時代には各地の関所で厳しい取り締まりが行われ、「入鉄砲に出女」という言葉が知られている。そんな時代が嘘のように、現在は多くの人とモノがこの碓氷峠を通過している。

関所の前で引き返し、再び旧中山道を東に向かって歩いた。
横川駅付近の旧中山道
昔ながらの家並みと商店が混在し、なかなか風情ある街並みだ。

横川国道18号
こちらは、旧中山道のバイパスにあたる国道18号。たまたま車の途切れたタイミングを見計らって撮影したが、大型車がひっきりなしに往来して圧倒されそうになる。今では名実ともにこちらが横川のメインストリートだ。
中央の山の麓に見える建物はおぎのやドライブイン。こんな巨大な建物じゃなくて、山あいのひなびた小さな店であってほしいと思うのは旅人のわがままだろうか。

ひととおり散策をしてから、再び横川駅に戻ってきた。
時刻は11時50分。次の高崎行きの発車まであと10分だ。これに乗り損ねると、次は1時間後までない。今日はまだまだ行きたいところがたくさんあるので、時間を有効に使いたかった。
せっかく横川まで来ておいて峠の釜めしを食べずに帰るのはあまりに勿体ない。しかし、駅前のお食事処で食べるにはあまりに慌ただしいし、ロングシートの107系の車内で食べるのもちょっと抵抗がある。
そう思いながら何気なく駅を覗いてみると、そこに停まっていたのは、

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ボックスシートの115系だった。
というわけで、駅前の売店で急いで釜めしを買い、この高崎行き(115系4両)に乗車した。
後で知ったことだが、どうやら現在の信越線では115系と107系がほぼ半々の割合で運用されているようだ。

ほどよく空いた車内でボックスシートに座り、大きな旅行鞄を網棚に載せてから、一呼吸を置いて、釜めしの紐を解く。
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この瞬間がわくわくする。本当に昔から変わらない駅弁のスタイル、コンビニ弁当にはない味わいがある。

蓋を開けると小さな湯気が立ちのぼり、うずらの卵、栗、ごぼう、鶏肉、椎茸、グリーンピース、杏子、筍、紅生姜がぎっしりと詰め込まれている。小さなプラスチックケースに入った香の物も付いていた。

峠の釜めし
妙義山を眺めながら食べる釜めし。ああ、まさにこれがしたかったのだ。(箸を突っ込んだままで行儀悪くてゴメンナサイ)
この素朴な味わいがたまらない。昨日磯部温泉で食べた磯部せんべいにしてもそうだが、まるで群馬県の純朴な風土を象徴しているかのようだ。

電車は心地よく揺れながら山間から平野へと下り、徐々に高崎の市街地に近付いてきた。
住宅街の外れにある北高崎という駅を出ると、しばらくして大きく右にカーブし、上越線と新幹線の線路が左手から近付いてきた。まもなく終点の高崎だ。たくさんの線路が並ぶ中を慎重にゆっくりと走り、旅情を掻き立てるような乗り換え案内のアナウンスが長々と続く。大きな駅に到着するときに特有の緊張感が、ぞくぞくと込み上げてきた。


次回はこの高崎駅で途中下車し、市街地を散策します。東京まであと少し!

(続く)
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Comment

何だかほのぼのとするね♪旅してるって感じが伝わってきます。
ここに書くことじゃないけど、先週に引き続き昨日今日も新幹線で往査先へ行きました。
今回は東京ではなく、なんと岐阜羽島。
お千代保稲荷から西へ1kmほど行ったところに会社があります。
仕事で行ってるので結局稲荷には行けませんでしたが、
岐阜羽島駅の写真だけは撮ってきました。

自分で言うのも何ですけど、本当に「いかにも」な流れですよね。
今度は岐阜羽島ですか。実は岐阜羽島ってうちから近いんですよ。直線だと名古屋駅とそんなに変わらないくらい。
お千代保さんから西へ1kmというと今尾のあたりでしょうか。あの辺の商店街もなかなか捨てがたいです。掲載画像が少ないので、いずれお千代保ともども再訪しようかと思ってます。

横川役はまだ思い出します。 コイルラッコを探しに行ったのに,列車時間にならなかったがむやみに駅内に入ったと駅員に叱られました。 何というのか分からなくてJRパスを提示したが効果がなかったんですよ。

鉄道文化の村が休館だと惜しかったでしょうね。 めがね橋まではないにせよ丸山変電所でも行ってこられたら良かったと思いますが。

峠の釜飯に対してはよくわからなかったが長野新幹線沿線でたくさん売っていて有名なようだしました。 あさま弁当と釜飯の間で悩んだ思い出しますね。

ボックスシート115系は珍しく見えることなのか,私が見た時も他の人が列車写真を撮っていました。 いくつもならない良く出てきた列車写真の中の一つです。

発車直前にしか改札に入れないというのは、田舎の方ではときどきあるのですが、珍しいですね。そういえば悪質なマニアによって留置車両の部品が盗まれる事件が相次いでいたらしいので、警戒されていたのかもしれません。
この日(に限ったことではないのですが)は時間が無くハードな行程だったので、駅から少し離れているめがね橋は諦めることにしました。世界遺産への登録を目指しているとのことなので、一度見てみたいとは思うんですが。
峠の釜めしは駅弁の中ではかなり有名な存在です。この界隈を訪れる方にはぜひ勧めたいですね。
115系はそれほど珍しいものではないと思います。ただ、以前は東京や名古屋の東海道線でも頻繁に見られたものの、数年前に引退したので、都会の人にとっては「懐かしい」存在なのでしょう。
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