日韓友好の村 大邱・友鹿洞(ウロクトン)

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朝の釜山港。ホテル東横イン釜山中央洞の客室より撮影。

(前回からの続き)

韓国旅行3日目のこの日は、釜山からKTX(韓国版新幹線)に乗り、大邱(テグ)という街に向かった。釜山からは100kmほどの距離で、ちょうど名古屋から京都に行くような感覚だ。
大邱は、ソウル、釜山に次ぐ韓国第三の都市と位置づけられているが、その割には影が薄く、観光客も少ない。まさに韓国の名古屋ともいうべき存在で、以前から興味を持っていた。

しかし、大邱に行く目的はこれだけではなかった。

16世紀の末、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉は、続いて明への進出を目論み、その足がかりとして朝鮮に兵を出した。これを日本では「文禄の役」、韓国では「壬辰倭乱(イムジンウェラン/임진왜란)」と呼んでいる。この戦いに加藤清正軍の先鋒として出陣しながら、「こんな不義の侵略に従うわけにはいかない!」と主張し、日本人でありながら朝鮮側に投降帰化した武将がいた。日本名を沙也可(さやか)と言ったそうだ。
彼はその後、朝鮮でさまざまな功績を挙げ、金忠善(キムチュンソン/김충선)という名を賜り、また自ら号を「慕夏堂(モハダン)」と名乗った。そして、現在の大邱郊外にあたる友鹿洞(ウロクトン)という山村に定住し、今でもその村には彼の子孫たちが暮らしているのだという。

大邱に来た理由の一つは、この友鹿洞を訪ねるためだった。

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