2013夏・韓国【6】 完結編!大邱からソウル・江南へ、グルメの旅

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 ▲「江南スタイル」で一躍有名になった、ソウル・江南(カンナム)の街並み。
漢江(ハンガン)の南側に位置することから名付けられたこの街には、旧市街の江北とは全く異なる景観が広がっている。

6回に渡って紹介してきた韓国旅行シリーズも、いよいよ今回が最終回。真夏の記事なのに、いつの間にかもう年末になってしまった。
さて、前回の記事から続く大邱最後の夜は、とある名物料理を食べに行くことになった。

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2013夏・韓国【5】 日韓友好の村、再び―大邱・友鹿洞と寿城池へ

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 ▲3年半ぶりに訪れる友鹿洞(ウロクトン)。穏やかな山並みが連なる風景。
彼の人物がここを終の住処として選んだのは、どこか故郷・日本の風景に似ていたから、かもしれない。

韓国旅行シリーズもいよいよ3日目の後半。前回の記事で紹介した倭館から大邱に戻ってきた後は、3年半前にも訪れた友鹿洞(ウロクトン)を再び訪れることにした。
以前の記事でも紹介したが、ここは、豊臣秀吉による朝鮮侵略に参戦しながらも「やっぱりこんな不義の侵略には従えない」と朝鮮側に投降し帰化した日本人武将、沙也可(さやか)が定住した土地である。金忠善(キム・チュンソン)という朝鮮名を賜った彼は、大邱郊外に位置するこの村で静かに余生を過ごしたといわれ、また現在も彼の子孫たちがたくさん暮らしているという。

さらに、ここ大邱にはもう一つ日本人にゆかりのあるスポットがある。大邱の中心街から友鹿洞に向かう途中にある寿城池(スソンモッ)だ。今からおよそ100年前、当時日本の植民地だったこの大邱で、干ばつや洪水に苦しむ人々を救うため、開拓農民の水崎林太郎という人物が造った人工池である。彼はその後、72歳で亡くなるまで地元の人たちと協力し、この地域の農業の発展に尽力したのだという。

有名な観光地が少ないと言われる大邱だが、日本人としてどちらもぜひ見ておきたいところである。ただ、その前にまずは大邱の中心街をしばらく散策してみることにしよう。

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2013夏・韓国【4】 地方都市「大邱」と田舎町「倭館」の日常を歩く

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 ▲漆谷郡(チルゴクグン)倭館邑(ウェグァンウプ)の中心街、倭館市場での一コマ。
外国人観光客が訪れることなどまず無さそうな、ごく普通の韓国の田舎町の光景だ。

前回から続く3泊4日の韓国旅行シリーズ。真夏の記事なのに、のんびり書いていて冬になってしまったが、今回はいよいよ3日目。韓国第三の都市・大邱(テグ)のホテルに泊まった翌朝は、大邱から北西に20kmほど離れた洛東江(ナクトンガン)沿いの街、倭館(ウェグァン)に行ってみることにした。
ここは観光地でも何でもない。単なるベッドタウンだ。大ざっぱな例えをすれば、日本に来た外国人観光客が名古屋に泊まった翌朝、よりによってわざわざ弥富に行くような感覚である(距離的にも、都市規模的にもちょうどそれくらいだが、こちらは内陸に位置する)。
では、なぜわざわざそんなところに行くのか。それは純粋に、韓国の日常風景に興味があったからである。初めて韓国に来たとき、最初に安養を訪れたのも同じ理由だ。外国人向けに飾り立てられたソウルの街並みよりも、こういう普通の街でこそ素顔の韓国に出会えるし、何よりそれが海外旅行の醍醐味だと私は思うのだ。

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2013夏・韓国【3】 世界遺産・慶州の仏国寺、石窟庵、そして大邱へ

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 ▲韓国屈指の古刹、仏国寺(プルグクサ)で。
手前に見える泛影楼(ポミョンル)と、奥に見える紫霞門(チャハムン)の連なる姿が見事。

前回の記事から続く、韓国旅行シリーズの第3回。
2日目となる7月26日(金)の午後は、慶州郊外にある世界遺産の仏国寺(プルグクサ)にやって来た。ここもまた3年半前に来たことがあるが、そのときの記事にも記した通り、韓国では修学旅行先の定番として知られるメジャースポットである。
さらに、この仏国寺の奥には石窟庵(ソックラム)というもう一つの大きな見どころがある。ただ、仏国寺から片道7.5kmの山道を登った先にあり、前回の訪問時は時間が無くて断念したのだ。ぜひ今回こそは行ってみたかったのだのだが…。

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韓国の名古屋!?大邱(テグ)を歩く - その1

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▲大邱を代表する繁華街、東城路(トンソンノ)

(前回からの続き)

金忠善将軍ゆかりの村・友鹿洞(ウロクトン)から市内バス(嘉昌2番)に乗り、大邱の中心街に向かった。かなり辺鄙な山奥だが、バスは30分ごとに運行されていて、料金も1,100ウォン均一と手頃だ。

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日韓友好の村 大邱・友鹿洞(ウロクトン)

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朝の釜山港。ホテル東横イン釜山中央洞の客室より撮影。

(前回からの続き)

韓国旅行3日目のこの日は、釜山からKTX(韓国版新幹線)に乗り、大邱(テグ)という街に向かった。釜山からは100kmほどの距離で、ちょうど名古屋から京都に行くような感覚だ。
大邱は、ソウル、釜山に次ぐ韓国第三の都市と位置づけられているが、その割には影が薄く、観光客も少ない。まさに韓国の名古屋ともいうべき存在で、以前から興味を持っていた。

しかし、大邱に行く目的はこれだけではなかった。

16世紀の末、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉は、続いて明への進出を目論み、その足がかりとして朝鮮に兵を出した。これを日本では「文禄の役」、韓国では「壬辰倭乱(イムジンウェラン/임진왜란)」と呼んでいる。この戦いに加藤清正軍の先鋒として出陣しながら、「こんな不義の侵略に従うわけにはいかない!」と主張し、日本人でありながら朝鮮側に投降帰化した武将がいた。日本名を沙也可(さやか)と言ったそうだ。
彼はその後、朝鮮でさまざまな功績を挙げ、金忠善(キムチュンソン/김충선)という名を賜り、また自ら号を「慕夏堂(モハダン)」と名乗った。そして、現在の大邱郊外にあたる友鹿洞(ウロクトン)という山村に定住し、今でもその村には彼の子孫たちが暮らしているのだという。

大邱に来た理由の一つは、この友鹿洞を訪ねるためだった。

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韓国に来ています

突然ですが、こちらは現在、大韓民国大邱(テグ, 대구)にいます。

東城路
市内一の繁華街、東城路

中央地下商街
東城路の近くにある地下街(中央地下商街)

泛魚駅前
ホテルのある泛魚(ポモ)駅の近く

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